物語の続き

日々

風向き

いつも風は知らず知らずのうちに吹いている。けれども普段はあまりそれに気を取られることはないね。あなたの意識はそれ以外に向いているからだ。やるべき仕事、やらなければならない課題、解決できない問題事が山積していて、それどころじゃないというのが本音のところだろう。けれども、最も意識を向けなければならないことは、実はその裏側にある。この場合は、いろいろなタスクが生まれくる源泉である風向きそのものだということだ。だから、その強弱だったり方向がその根源であり、その結果発生した表面的なわかりやすい変化に右往左往しているだけとも言えるね。あなたはまだ言葉にもならない違和感であったり、なんとなくの直感はそこから来ているわけだ。すなわち五感で感じたそれらこそが、一番の原点でありながらも、いつもはそれを捨象してしまって、それによって起こった変化ばかりに注目している状態が続いている。そしてそれに対する処方箋を逡巡し続けているわけだ。それがたまたまうまくいったならラッキーだの、外れたらアンラッキーだの孤軍奮闘しているね。

背景

そういった大きな潮流を捉えることができるのが、学問という思考の枠組みだね。一見それらの問題ごととは全く関係のない学問こそが、時代の潮流や意識の流れを感じ取り、今いるところをメタ認知することができる補助となる。美術的な視点や知見は、問題ごとをすぐさま何か知っている過去とむりやり急いで重ね合わせるのではなく、それはそれとしてそのまま受け入れるという鍛錬となるし、歴史的な視野や知識は、過去の何かをそのまま事実として知るだけではなく、現在における今後の流れを読む力となる。そしてそれを言葉化して誰しもがわかる物語にするには、文学的なメタファーや言葉を操る技術において大いに役に立つわけだ。科学一辺倒になってしまった現代社会においては、それらの役割はますます重要なものとなっている。それらを洞察することができる能力は、哲学的な側面をも含んでいることに気がつくだろう。思考の根本に何を設定しているかが、物語の構成に大いに役立つからだね。

シン・テーマ

そうやって社会を駆動する源泉は、ある物語によって成り立っていた。もっと言えばその物語を共有するメンバーを増やすことで、社会という秩序が成り立ってきたわけだ。ところがそれもそろそろ終焉を迎えて、次の新たなテーマ設定が求められるとき、激動だとか改革だというレッテルをあとになって貼られるわけだ。今はまさにそのときであり、正解がコモディティ化して、これまで気がつかなかったことがすぐさま調べられる時代となった。特に大きな問題は、ほとんどが解決済みであり常識として共有される今においては、その先の新たな問題を紡ぎ出す力が重要となっている。ほとんどが科学という信仰が受け入れられ、それをベースに様々なことが立脚し、小さな問題はそれによってほとんど解決できるからだ。もはや旧来の物語が一旦のエピローグを迎え、第二章へと移り変わらなければならない。そこには古い枠組みの問題はもはや存在せず、細々とした未解決のそれらしか残されていない。そんなとき新たな物語をどう始めるかが、次のテーマとしては必須となることは容易に推察できるだろう。