知ったかぶり

日々

完全体

どんなことがあっても何も恐れることはない。そう言われてもあなたはにわかには信じがたいだろう。でもそれが真実だ。なぜそんな軽々しく言い切れるのかと思うだろう。特に今一番四苦八苦している真っ最中であればなおさらなことだ。もしかしたらそんな言葉すら聞こえないぐらいに忙殺されているだろうね。でも、安心していい。あなたが認識できる間においては、どう考えても何も恐れることはないんだ。そもそもすべてを分かったふりをしているだけで、全体像に関しては何もわかったことはない。これだけ科学が進化して、技術がどんどん暮らしを便利にしている時代だというのに、そもそもどうして宇宙は存在しているのか、という問いに関しては、そうなっているから、としかまだ答えがない。そしてこの問いは永遠であり、おそらくはそのままだろうことはなんとなく想像できているね。そう、実のところ全くわからないことがどーんと大きい問いとして残っている。今できることは小さな問いに関して理屈をつけているだけのことだからね。

小問

とはいえ、そんな小問であっても実際には恩恵を得ている。そしてそれが万能かのごとく信じているわけだ。いわば一種の科学信仰と言っても良いし、それがとても快適だから信者もどんどん自然に増えているのが現代だ。古式ゆかしい宗教や哲学よりも、実際に暇つぶしにはちょうどいいSNSは大人気となっている。情報化社会においては、情報に乗り遅れることが死活問題となる。だから一時も目を離せないぐらいの影響力を持っている。しかしながら一方でそれはなぜそうなっているのか、という大きな問いに関して答えを与えてくれることはない。雨が降る仕組みは、地上の水分が大気中に水蒸気となって上昇し、それが雲となってやがて浮かび続けることができなくなって水滴として落ちてくるという意味付けは、とても納得できる。しかしながら、そもそもどうしてそれがあなたの世界で起こっているのだと問われたら、途端に答えに窮するわけだ。そもそもという議論は現代ではタブーとなっているのも、それを言っちゃぁおしまいだぜ、という心遣いがそこにある。

意味づけ

宇宙にせよ、地球の自然にせよ、そもそも海があって山があるのはなぜだ、という問いはずっと未解決だ。さらにはあなたがそれを知覚しているのはどうしただ、なんていうと怪訝な顔をされてしまうだろう。しかしその中の小さなシステムについては、人類の叡智によってかなり解明されて問いに答えることができる。ということは、あなたが謎解きができる範囲で、本来よくわからないことに対して説明できる論理を与え続けてきたという事実がそこにある。すなわち、わかるとこだけつまみ食いをしているだけのことであって、全体像は誰にもわからないままだ。わからないということはあなたにとっては存在を証明したり説明したりすることができないわけだから、わかるところから意味づけをしてきただけのことだね。そう考えるとなるほど、と膝を打つことが出来たら成功というゲームを楽しんできたとも言える。全体が理解不能なほど完全であるがゆえに、そんな楽しみ方もできるということだね。