人生マップ
思考と感情
感情的にならないように、と諭されることが多いのは、それって「あなたの」感想ですよね、と言われてしまう個別のちっぽけなものだからだ。もっとわかりやすく感情を説明するなら、思慮が浅く、なんとなく直感でそう思っただけで、それが肉体的にも反応として現れるものだ。カッとなって手が出たとか、怖くなってブルブル震えてたりとか、悲しくなって涙が止まらない、などのわかりやすい身体的な反応がそこに付随する。一方冷静になって判断しなさい、という思考は、感情的なものではないという証左として、肉体的な反応が伴わないということだね。そのせいで一見落ち着いているように見えるし、まさに冷静と呼ぶのにふさわしい状態だと誰が見ても明らかだ。だから一時の感情に身を任せて行動してしまえば、あとになってその波が去ったあとに取り返しのつかないことが起きた、なんていう話は、枚挙にいとまがないのだよ。そしてその恐ろしさは、誰もがそうならないようにと願っているにも関わらず、明日は我が身かもしれないと戦々恐々としているわけだ。
思慮深さ
感情は話にならず、思考の方が冷静な分析だとしても、それの深さによってまたある恐れがある。あの人は思慮深いと言われる所以は、表層的でだれもが見てわかる簡単な違いを分析根拠とせず、そうではなくもっと奥深いところの仕組みや構造まで踏み込んでいるかどうかで決まるわけだ。そしてその深慮の程度によって、わかりやすさが変わるのも事実だね。あまりに奥深すぎると、なんだか余計に何を言っているのか理解しづらくなり、その分かりづらさによって訝しむことになる。でも一方であまりにも表層的で、誰でも一見してわかることばかりを言うと、それはそれで、馬鹿にされることになるだろう。その中間ぐらいがちょうどいいわけで、それ以上でもそれ以下でもないという頃合いが確実に存在している。それは誰でもわかるほどでもないにせよ、そう言われてみれば多くの人がハッとする気づきが含まれているかどうか、そんな間合いみたいなものがそこにあるね。
直感
一方で、感情論はときにひどい行動やそれによる結果を迎えるわけだから、あまりそれを構わないほうがいいとされている。しかしながら、思考ばかりでは行動による物理的な状況変化が起こりにくいわけだ。その点、感情や直感はあなたをまずは突き動かすエネルギーを帯びている。それが何かを破壊したり、他人を攻撃したりすること以外に向かえば、ある意味これほど強力な変化の動力源はないね。取り扱い注意ではあるけれども、そのパワーはその後の人生をまさに変えられるわけだ。直感だけが良いとか、思考が重要だとか、そんなことを個別に議論したところで、どれも的を射た議論とはならないのはそのせいだね。その両輪を巧みに使いこなすことで、あなたの人生のステージが上昇するだろう。いわばエンジンと地図みたいなもので、駆動力は感情で、思考はまだ見ぬ目的地へのマップだね。エンジンだけでは暴走するだけとなり、目的地への地図だけあっても一歩も進めないのだからね。
