競争のカラクリ
努力
頑張ることは良いことだと教わってきた。だから、こうして毎日なにかを書き連ねることをすごいことだと思っている人がいる。他方で、そんなに暇なんですか、なんて言う指摘もあるわけだ。人によって立場によって、意見が異なることが素敵なことだとも言える。無理やり時間を作って、なんとか頑張っている人はそれを聞いて腹が立つかもしれない。けれども、それもまた真なりであって、それをできるようにしてくれている大いなるサポートがあってのことでもあるからだ。毎朝ランニングをしています、なんて自慢気に言う一方で、それを支えているスニーカーやランニングシャツがあってのことだったりする。あるいはそれに耐えられる丈夫な身体として生んでくれた母のおかげでもあるだろう。もしくは、それをすることを陰ながら応援してくれている身近な人もいるかもしれない。すべてにおいて自分だけの頑張りでやっていると思い違いをしているけれども、実際はあなたが想像もできないぐらいのサポートがそこに確実にあるわけだ。
おかげさま
それに気がつくと、好きなことをやり続けることがどれだけ奇跡なのかを知ることになる。雨の日も風の日も関係なく好きなことをやり続けることができるのは、あなたにとっての苦労だけではなく、それらを支え続けてくれる様々な環境や道具や配慮がそこに含まれているわけだ。それを誇らしく自慢したい気持ちは、それらなくしては語れないわけだね。でもそれをなぜか一人でやっていると勘違いしてしまうから、せっかくの自慢が台無しになってしまうわけだ。そうやって愛されて支えられていることを自慢すればいいのに、あなたはなぜか自分だけの手柄にしたいがために、一旦無視するクセがある。それはあなただけが悪いという話ではなく、それで評価されたりする世間の仕組みの問題でもあるね。成果主義とか結果しか見ないというのは、本当の意味では不可能であって、そのために陰ながら支えてくれているものがあったり、応援してくれる人がいたりするはずなんだからね。
責任
なら、あなたがリーダーや役職としての責務とは一体なんだろう。それらのおかげさまをまとめることで結果を提示し、あなただけが評価されるという些末な動機ではなく、すべての人に感謝と還元をもたらすことをする係だと言える。それを忘れてしまって、個人評価なんていう世界にどっぷり遣ってしまうから、他人を蹴落としたり、打ち負かしたりすることがメインとなってしまって、視野狭窄に陥ってしまうわけだ。その結果どうなるかはそろそろ答えが出ていて、それが小さな組織であっても、国同士という大きな括りであっても、決して好ましくない結末を迎えることになるみたいだ。考えてみれば当たり前で、あなた一人で、一国だけでどうにかなる世界ではそもそもないということだ。そんなことよりも、いつもあなたを支えてくれている人やモノに感謝し、すべてが複雑な持ちつ持たれつの世界においては、いわゆるどっちが勝者だとかいう二項分裂は起きようがない。それはまずは信じて受け入れているかどうかで決まるね。疑えば分離して二者択一になり、信じれば一つになる。そんな世界に生きているわけだよ。
