次の世界へ
正解主義
この問題分かる人、なんていう教師からの問いかけで育ってしまったので、どこかに正解があると思い込んだ世界を生きている。だから、正解が見つからないのは努力不足や探求不足が原因で、ただただ能力不足なんじゃないかという解決方法に依存してしまっているわけだ。だから、躍起になってその解法を探すか、もしくはどこかに答えがあるんじゃないかと思っている。そしてそれが見つからないとき、その問いを発した人が正解に一番近い存在だと認識して、早く答えを教えてほしいとイライラするわけだ。それも早く正解を得ないといけないという強迫観念からそうなっていく。そしてホッとしたいという安定欲求に惑わされてしまい、なんでもインスタントに解決できる人が優れた人だという狭隘な価値観に染まってしまう。答えのない問いなどは、イライラと苦悩の元なので、どちらかといえばなかったことにして、すぐにわかるクイズばかりを繰り返し自慢気に語るようになるのはそのせいだね。
暗記力
何も見ないでそらでスラスラと答えられる人がすごい人だという世界では、知らないことが罪であり、知っていることが財産だと信じ込んでしまう。それを強力なネットワークと電算システムで打ち壊したのがAIだね。これまでの牧歌的なこれ分かる人とか、知っている人、なんていう問いかけですんだ状況が一気に崩壊してしまったわけだ。どう頑張っても数日はかかるような調べ事が、瞬時でまとまって返ってくるわけだからね。そしてそれが本当らしいようなふりをして、時には見当違いなものがあったとしても、それを看破できないがために不都合なことも起こってしまうわけだ。だったら、その回答までもAIに解析、分析させてみたらほぼ正解が得られるという方法を駆使して、あなたは保険をかけるようになるだろう。しかしながらどこまでいっても、あなたが文献を探すために足を運んだり、人に会って話を聞いたりしていないから、肉体的な運動とは全く切り離された知識になってしまうから、まさに身につくような知見とはならないわけだ。
競争
外部記憶装置としてのAIが、どんどん肥大化して強力になっていくと、あなたがやるべきことはこれまでとは全く異なっていくのは必然だろう。これまでは物知り博士が優秀さを測るモノサシの一つだった。けれども、それはどう頑張っても勝てない次元に突入したわけだ。もちろん、そうは言っても特殊でマニアックな知識は少しだけアドバンテージは残るかもしれない。しかしながら一般的に議論されているような、いわゆる参考文献があるようなことに関してはもはや勝ち目はない。そもそも人類の叡智がそこに詰まっているわけだからね。暗黙知とかノンバーバルなコミュニケーションとか、機微とか機知とかといった類も記号化されるまでは、まだタイムラグがある。しかしながらそれも時間の問題だろう。それが証拠にAIを使いこなすためのテクニックやノウハウばかりが世を席巻しているのも、そういった歪をついた徒花だと言っていいだろう。世界は次のステージへ着々と進んでいるわけだよ。
