今を生きよう
今
とにかくずっと切れ目なく続く未来について、あなたは今の状態がそのまま延長線上に続くと思い込んでしまう。だから、今がよければずっとそのままでいたいし、今が最悪ならずっとこれが続くことに絶望してしまうわけだ。そうやって、延長線上に続く未来を無意識的に信じているから、幸せであってもいつかそうでなくなってしまうという失う恐怖を生み出し、いまいちな状態が今後も未来永劫に続いたらどうしようと思い悩むわけだ。そんな状態に対する処方箋は、今を楽しむだけでいいという覚悟を持つこととなるわけだ。すなわち、時間軸という概念を少し変更して、例えば今日一日だけのスペシャルな経験だとすれば、明日にはガラリと状況は変わると思い込めばいい。とにかく切れ目なく続く連続面というものはあなた自身がそうしているだけで、実際のところは、常にあなたという存在も入れ替わって変化していることに気がつけば、今日のあなたのと明日のあなたは別人なんだという事実に目を向けることができるかどうかにかかっているわけだ。
刹那
生きているという概念上での、ずっと連続的に続いているという時間の概念の最小単位を刹那というわけだ。それの連続でしかないし、しかもそれらをあなたが認識できるのはすべて過去でしかない。今を捉えようと頑張ったところで、あなたはこれまで一度もできたことはないだろう。起きてしまってからようやくそれがなにかがわかる仕組みなので、それは必然であり仕方がないことだ。だからこそこれがずっと続くのかどうかという予測を立てる能力が備わっているわけで、そのせいでまだ何も起こってもない苦悩を先取りすることができる。その能力は未来予知や危険予測として生存戦略の一つとして重要なものだ。けれども現代ではその能力は、あまり役に立たなくなってしまったね。何が起こるかわからないということは同じだとしても、ぼーっと街を歩いていては、誰かにやられてしまうという状態ではないからだ。もちろんゼロではないし、まだまだしっかりと警戒しなければいろんな事件や事故に巻き込まれてしまうわけだけれども、その生存能力のせいで、過剰な心配事があなたの中で次々と生まれるのが止められないわけだ。
反芻
さらにその能力が強力なせいで、もうすでに終わった過去の様々な記録が、繰り返し再生されてしまう。だいたいの悩みは記憶上のそれであり、今まさにどうこうというものではないね。原始時代においては今まさにライオンに狙われているという危機があったかもしれない。けれども現代の悩みは、今後どうしていくべきかとか、あの時はどうしたらよかったのか、なんていうばかりだろう。さらに言えばそれができるのは、今ライオンに狙われていないからそれが可能なわけだ。毎日がサバイバルで一時の油断もできない暮らしだとすれば、そんな悠長なことを考える余裕もないだろう。だから悩みなんて言うのは、人生が長くなり、安全に暮らすことができ、貧困による飢えの恐れもなく、比較的幸せの中でしかそれは成立しないということだね。だから楽しみの一つとして適度に悩み苦しむことは、それほど悪くはないんだけれども、だからといって当人にとっては重大なことには変わらない。ただ、あまりにもそれで苦しみ過ぎるのは、過度だということを頭の片隅にでもおいておくといいだろう。
