美味しい時間

日々

幸せのカタチ

誰かのなにかを目標とする幸せは、あなたにとってのそれとは違うことが多い。一般的には肩書や学歴や権力、地位や名誉やお金持ちがそれにあたるわけだ。そうしないと不幸だと決めつけて、いつまで経ってもそうなれないあなた自身の自己肯定感はどんどん下がっていく。しかも、あなたが肉体的に元気で思い通りに動ける時間はそれほど多くはない。いつの間にかいい歳になっていて、無理も効かない状態を徐々に悟っていくね。そうすると上り調子であった頃なんていうのはほんの僅かな瞬間であって、少しずつ下がり始める時間の方が、長寿化している人生においては長くなっていくわけだ。いつまでも上昇志向で、幸せのカタチを追い求め続けることは、苦悩の種を増やすことがあっても、あなたが思っている幸せに到達することはないだろう。だから一か八かの勇気を持って、そのカタチにこだわることさえ手放すことができれば、あなたの苦悩は少しは減るかもしれないね。

無駄

そんな上昇志向や、何者かになろうとするエネルギーを今なんでもないことに向けさえすれば、少なくとも今を楽しむことに全集中できるわけだ。そして、それは将来のキャリアプランとか老後の備えとか、そんなことは一切考えないでいたその時間が、実は一番幸せなのかもしれないね。周りからそんなことしてどうするの、とか、それは今やるべきことではない、なんて心無い言葉で批判されるかもしれない。けれどもそれが実のところ、あなたの幸せを証明しているという皮肉なオチとなるわけだ。そんなことして何になる、とか、どうせ無理だからやめておけ、なんていうのは従来は悪口だと思っていたかもしれないけれども、実際には褒め言葉であり、あなたを羨ましく感じて発言していることなんだからね。自分だったらそんなバカげたことは時間がもったいないのでしない、なんて言うのは、そのバカげたことすらできない証拠でもある。すなわち、幸せの正体とはなんてことのない、現代で言うところの無駄の極地であると言っていいわけだ。

大人の正体

子どもを成長させるには、分別を与え、常に成功を目指して駆け上がっていく忍耐力と精神力と、それをやり切るという責任感を持たせないといけないと思っている。そしてあなたもそれに従って一角の人物になることが成長であり、幸せのカタチだと教えられてきた。そのせいで今があると感謝している一方で、ずっとそれをやり続けないと幸せはあっという間に溶けてなくなってしまうという危機感を持ち続けて苦しいわけだ。あの頃に夢描いていた幸せは、こんなにも辛く厳しいものなんだと言い聞かせて、買って兜の緒を締めよ、なんていう言葉で常に鼓舞し続けてきたわけだ。だってせっかく手にした僅かな地位や名誉やプライドを守り続けるためにね。でもそれは本当に幸せなんだろうか。なんでもない日常で、上昇なんてしているかどうかすらわからず、ただ眼の前の紅茶とケーキを美味しくいただく。それで十分なんじゃないかな。あなたはそれすら認められず、そんな暇はないと鞭打っているのだからね。まぁ、ここに座って一緒に食べましょうよ。美味しいよ。