いつかという嘘

日々

未来

いつかそれになろう、とか、いつかできるようになろう、なんていつも考えている。けれども知っての通りそのいつかはどれだけ待ち焦がれてもこないままだね。その理由はとても簡単で、そのいつかというのは、実のところ今だということだからだ。今そう思ったのだったら、今すぐにできることだ。もっといえば今できないことは、いつかの時も訪れない。身も蓋もないと思うかもしれないが、そういう仕組みとなっている。いつか楽になりたい、と思えば今すぐ楽になることができるはずだし、豊かな暮らしを満喫したいとおもうのであれば、今持っていることで満足できるはずだね。いやいや大金持ちになりたいという未来は、今すぐにできないからおかしいのではないか、なんて反論したいだろうけれども、今の手持ちでも安心して眠れたり、ごちそうではなくても食べることができるのならばもはやそれ以上は不要だろう。もちろん明日食うや食わずの暮らしだと豊かさを感じることができないかもしれない。けれども、その結果餓死してしまうほどの状況ではなければ、少なくともなんとかなっているわけだ。

言い訳

やりたいことがあるのに、忙しくてやりたいことができない、とか、やってみたいことがあるのに、お金が足りなくて今は無理、なんていうことばかりで人生は出来ている。ある意味それはそうで、なんでもかんでも全てが叶う暮らしなんてものは、どれだけお金持ちになったり有名人になったとしても無理な予測はついているね。お金があれば忙しくなるし、有名人になれば人目も気になって自由奔放というわけにはいかなくなるかもしれない。いずれにせよあなたがやりたいと思うことの言い訳は、あっという間にたくさん思いつくね。ならどうやってそれを叶えることができるのか、という本質的な問いだけを見つめることができれば、そもそもそんな願いは本当のあなたの中から生まれたものではないと気づくはずだ。誰かをみて思いついた単なる幻影であって、そうなったらどうなるんだろうという興味関心が生み出しているだけのおとぎ話のようなものに過ぎない。それは薄々あなたも気づいているから、大問題だと騒がないのもなんとなくそれを知ってのことだからだ。

いつか

いつかのんびり暮らすために、なぜか今必死に働いている人が多い。今すぐのんびり暮らせばいいのに、それができないのはお金がないとできないからだ。しかしながらお金の多寡はのんびり暮らすための副次的な要因でしかない。お金がなくてものんびり暮らすことはできるし、そんなに身を粉にして働かなければならないということでもないだろう。全てを叶えようと欲張りすぎると、その欲望に押しつぶされたいつかしかこない。そしてそれはあなたの第一目的であるのんびり暮らすという願いとはかけ離れたものでしかない。そしてあなたはいつかできるといいのに、なんて幻想に囚われ続けているわけだ。いつかのために今を犠牲にしなければならない、とか、いつかできることを夢見て頑張るとか、そういうことが良いことだと洗脳されているけれども、実際は逆だね。夢や希望を叶えることが成功者や偉人だというのは、あなたを支配し続けている。そこからもう一歩前に進むことができれば、今すぐできることであり、実はもうすでに叶っていると言ってもいいんだよ。