居心地
心地よさ
コンクリートジャングルと呼ばれる都市に住んでいると、住居に心地よさみたいな感覚がどんどん薄れてしまっている。けれども動物としての本能というか、一番大切なセンサーは、そこが居心地が良いかどうかだ。それが安心感につながり、無意識的な開放感を得ることができる。無機質で清潔な空間は都会でも珍しく、ちょっと違う空気がそこにあることを感じられるだろう。けれども、清潔でシンプルな空間ということだけでは、そこが居心地が良い空間とはまだ言えないみたいだ。そういう現代的な空間がたくさんある一方で、田舎の婆さんの家のような古民家もまたブームになっているらしいね。どちらが優れているとかそういうものではないけれども、ずっと生活する空間としては、肌触りとか質感というものは実のところとても大切だね。その空間によってあなたという人格が形成され、なにかをやるにしてもその安全地帯としての包まれ感というか、住み心地が自己肯定感までも影響を与えるとしたらどうだろう。今は田舎の古民家が特別なものになってしまっているのも、規格化された住居によるところが大きいだろう。
オアシス
都市部においてのお気に入りの場所は、おそらくは自然が多い公園とか、ちょっと離れた山野になるだろう。ではどうしてそうなるのか、を考えてみればすぐにわかるように、やはり無機質なコンクリートで囲まれた住まいには、そこに工夫をしてできるだけ自然を取り入れてはいるけれども、もっとリラックスするにはそういった場所を求める人が多いということだね。ましてや人口が密集する都会においては、ほっと一息ついて自分を取り戻すためには、原点に帰るというか、パワースポットだと騒がれる場所へと自然に足が向かうのだろう。そういう意味では多くの人が集まってしまう観光地は、その遺跡や建造物やシンボルの希少性という部分はともかくも、そこで癒されるなにかという部分では混雑すればするほど本末転倒となってしまう。そして人が集まるところでは必ずビジネスが生まれるわけで、そこの風情を保ったままであればまだ許容範囲ではあるけれども、あまりにそれが色濃く打ち出されてしまうと興ざめしてしまうのもそういう理由だろう。
生命
すべてはあなたと同じ空間にどれだけの生命が暮らしているかということに尽きるわけだ。漆喰の壁、畳の床、木材の柱、梁、石垣などそれらはすべて呼吸をしていたりする。科学的には自然に空いた穴凹だらけの素材だとも言えるね。コンクリートと鉄でできたビルやマンションも同じようなものだけれども、同居する生物はほとんど全く取り除かれているね。特に現代では忌み嫌われる虫たち、ネズミ、ヘビ、などあなたが意図しない生物はすべて排除されている。その結果、あなたは清潔で快適でクリーンだという空間を手に入れたわけだ。と同時に、心の底からパワーを得られることも少なくなり、娯楽やジムやその他サービスとしてわざわざお金を払って手にしないといけなくなった。ストレス解消のためのコストだとか、安心を得るためのホームパーティーとか、飲み会や歓迎会や誕生日会をわざわざ開催しなければなくなった。それまでは自然とともに暮らしてきた娯楽を捨てた一番の要因は、便利さだ。ということは便利というのは、そのまま手に入るものではなく、なにかと引き換えたものでしかないわけだ。さて、何と引き換えたのだろうね。
