ご機嫌麗しゅう
ご機嫌
あなたの機嫌はあなたがコントロールできるはずだ。だから不機嫌でいるよりも、ご機嫌に保ったほうが結局のところ幸せな時間は増えるわけだ。そんなことは百も承知だけれども、なぜかあなたはいつも不平不満で不機嫌でいることが多いのはどうしてだろう。思い通りにいかないからだとか、あなたの気持ちを微塵にもわかってくれないからだとか、あなたにとってどうしても許せないことばかりがあるから、ある意味仕方がないと思っているのかもしれない。しかしながら、あなたの思いなんていうのは本来あなたしかわかるわけもなく、それに同情を求めたところであなたにとってはすべて不十分でしかないね。それもそのはず、あなたしかコントロールできないものだし、そのハードルはあなたが自由にそれを変更することができるからだ。少しでもわかってもらえたら十分だと思う基準は、あなたがそれを握っている。その加減はあなたがいつでも都合よく変えることができるのだから、そもそも不十分だという思いがそこにあれば、どんなことがあってもそれが覆ることはないだろうね。もはや無理ゲーを最初からプレイしているようなものだ。
目的
そういう不機嫌な波長を出しているのも、あなたがご機嫌でいられない原因の一つだ。すでにその時点であなたに何を言おうとも、何をしようとも、それらがきれいに打ち返されるバリアがそこにあるようなものだからだ。どんなに心を尽くしたものであっても、あなたにとってはそれは全く受け入れがたいもの、粗末な心遣いにしか見えない。そんな中であなたに関わってくれていること自体が有り難いことなんだけれども、あなにとってはそれが所与の条件ぐらいにしか思っていないし、そもそもそういった相手がいないと不機嫌なあなた自体が成立しないがゆえに、それ自体を疑うことすら不機嫌な状態では無理な話となる。すなわち誰もいないのにあなたがどれだけ不機嫌バリアを発動したとしても、それは単なる虚無に消えてしまうのだからね。ということは、不機嫌には目的があるということだ。すなわち、あなたがここにいるんだという強烈な自己主張であって、それは誰かがいるからこその行動だということだね。
写し鏡
あなたの世界の中の誰かは、あなたが生み出した虚像だとしたら、あなたはいつも一人しかいないね。あなたの世界ではあなたが主役であり、あなたが正義であり、あなたがいつもスポットライトを浴びている。そういう世界において、あなたが不機嫌だということは、その虚像である誰かもそうだということだ。不機嫌な状態では、何をどうしたところでいまいちな世界となるのはある意味必然だとも言えるね。もしあなたがその世界を変えたいと心から思うのならば、誰かのせいにするのではなくあなたがご機嫌になればいいだけのことだと気づくだろう。そうすれば最高の仲間がそこに現れるし、何をやっても充足するわけだ。多少のミスがあってもおおらかに許すことができるだろうし、同じことを言われたとしても、有益なアドバイスとしてあなたはさらに一歩成長することができるようになる。すべてを変えたいという強い願いがそこにあるのならば、特別ななにかは一つもいらないわけだ。最大の難関は、あなたがあなたの機嫌をきちんと面倒見られるかどうか。それだけにかかっているわけだよ。
