いろいろあるのよ

日々

成長

子どもから成長して大人になるということは、一体どういうことだろうか。いろんな要素でなんとなくそれを認識してはいるものの、きちんとした定義を持っているという人は少ないだろう。一番わかりやすい部分といえば見た目が大きくなったとか、いろんな考えを主張できたりとか、自分自身を律する規範を持っていたりとか、そういうことでしかない。それらはすべて単純から複雑へと移行しているわけだ。そもそも多細胞生物としてのヒトは、受精卵から始まっていろんな器官が発生して、手足や身体の各部位ができ、それぞれの単機能が組み合わさって複雑系となることを発生過程では辿っているわけだ。それは肉体的なそれだけではなく、精神的にも一つのことにこだわってばかりで主張していた頃から、どんどん多面的でそれぞれの相互関係を理解することができるようになり、最終的にはそこから少し離れた視座を持つことまでできるようになる。その結果、他人の思いやる気持ちが持てたり、空気を読むことができたり、言外の文脈を察したりするところまで到達していくわけだね。

複雑化

例えば兄弟が二人いて、お菓子をどう分け与えるとうまく皆が納得してくれるのかとか、意見がぶつかったときに、その折衷案を生み出して丸く収めたりすることを学んでいくわけだ。それを成長として捉えている。そこには様々な要素とスキルが発動され、それが円滑に解決できることで、安全に生き抜くスキルを身に着けて来たとも言える。それはコミュニケーション能力と言ったり、人柄と言ったり、信頼性だとか包容力と言ったりとしているわけだ。そしてそれは問いと正解というテストができそうでできず、点数化しにくいものではある。そしてそういうあなたの意思とは異なる要素は、友達に誘われて、あんまり気乗りしないことに乗っかってみたり、自らとは違う意見を渋々受け入れたりしながら、その力を少しずつ得ていくわけだ。そうやって問題事は、もはやあなたのコントロールできる手中から飛び越えてしまって、あなた自身もその結果、何がどうなるのかも予見できないことばかりとなって、なるようになれ、ぐらいの気持ちでしかなかったりするわけだ。

偶有性

それらを通じて、まさに人生とは、思っていたのと違うことの連続だと知る。思っていた通りになることが幸せだと思っていた幼少期とは違って、まぁさもありなんという境地に達するわけだね。そして、その偶有性の中で確実にあなたは成長してきたと実感できるようになる。それらを一言でまとめてくださいなんて言われたところで、結局のところ人生いろいろ、なんていう語彙でしか表現できないことを体験することになるわけだ。そもそも複雑な問題を単純化してズバリと言うことが、頭の切れる証拠のような時代であるけれども、それはほとんどの場合どこにも当てはまらないし、それがあなたが今直面している問題事にとって役立つことはめったにない。もやもやはそのときには晴れる感じはするけれども、結局気がつけばいつもの日常にもどっていたりもする。それもそのはず、単純化したところで、複雑な相互関連事項は、そんなシンプルでないからね。いわゆる個別の事情が全く違うからだ。だから一旦の仮説として、成長とはそうやって複雑な問題をそのまま見つめ続けることができる力だと言えるかもしれないね。