風に柳

日々

受容

どうしても納得がいかなくて、今のこの状況が受け入れがたい。そうなると、その犯人探しに躍起になってしまって、それを見つけるまでは諦められなくなるね。そしてそれらしきものを見つけたとき、あなたはそこに怒りを覚えるだろう。そしてその見当違いな犯人らしきものに対して八つ当たりするかもしれない。そこでようやく気づくことがある。その犯人は実のところあなた自身であったというオチだ。すべての犯人はあなたの世界の中にいると言い換えてもいいだろう。他人がどうこうと理屈をこねくり回したところで、最終判定結果である主要因はあなただと知ったとき、あなたはそれを受け入れがたいことだと思うクセがあるということだ。だからなにかそういう状況を感じた時、真っ先に疑うのは環境や他人ではなく、あなた自身に向けなければならない。そんなこと到底受け入れがたいだろう。でもその強力な抵抗感は、あなたが生み出していることに違いないわけだ。だったら、いつもやられっぱなしか、と思うかもしれない。しかしながら実のところあなたはこれまでもこれからもやられた試しはないわけだよ。

納得

そんなこと言われてもどうにもこうにも納得がいかないね。この災いは自ら生み出したものだと言われて、はい、そのとおりです、なんて言えるわけがないだろう。でもそれを感じているのは誰か。いやいやみんなもそう思って同情してくれているとエビデンスを見つける。ほら、やっぱりそうだ、なんてさらに援軍を得た気持ちになる。そう、それがまさに自作自演だということだ。なぜなら、それらすべてはあなたの世界から逸脱するものは何一つないのがその証拠でもあるからだ。それってあなたの感想ですよね、なんて言う言葉が流行ったりしたのも、ほら、やっぱりこっちが正義だ、なんて思っているのはあなただし、それをすんなり受け入れられるのもあなただ。なら、あなたはどこにいるのか、という哲学的な命題に戻ってしまう。誰かとかあなたとかそういう問題は常に自我論となり、その結末は堂々巡りでなんにもわからないままとなるのはシナリオ通りだね。もちろん日常において、いちいちそんな深く洞察することはできないだろう。けれども、あなたの気持ちにはそれほど根拠がないということは、残念ながら間違いはなさそうだね。

無常

確固たる信念があるということは、良いことだと思うがあまりに、それに頼り切りになるとよくないことが起こったり、軋轢や摩擦が生じることになる。そんなことよりゆらりゆらりと流れにそってはためくような生き方ができるとその場を楽しむことができるだろう。だからといって誰かの言いなりになれと言っているわけではないし、あなたがやりたいように生きていけばいいだけのこと。ただし、そのやりたいことをまずはあなたなりに分析した上で、しっかりと肉体化できているかどうかは、あなた次第だ。あなたが自分だと思っているその大半は、即席でいつも書き換えられている反応に過ぎない。そしてそれは実際のところあなたという自我はほとんど作用しておらず、無意識という他の多くのあなたを構成する組織によって動かされているらしいね。そういえばあなたはいわゆる多細胞生物の一種であり、あまたある細胞が集まってできている。それらを司令塔のようにコントロールしているのが脳だとされている。けれどもあなたが歩き出す一歩は、実は脳が命令する前のことらしい。それを後追いして認識しているとすれば、あなたの正体は思っていたのと違うかもしれないね。