耳が痛いのなら
批判
新しいことをしようとしたとき、そんなことして失敗したらどうするんだ、なんていう批判は避けられない。でもそういった批判をしている人は、今までのやってきたことがもはや陳腐化していることに気づかない。あなたからすれば、そんな状況を少しでも改善しなければと躍起になっているのだけれども、このままでいいと思い込んで眠り込んでいる人はあなたのそのエネルギーが邪魔なんだ。だから道がないところに道を作るときは、あなたがその先頭を歩むしかないわけだ。そしてそんなことしてどうするんだ、とか、そんなことは必要はないとか、あらゆる抵抗勢力が生まれてしまう構造にある。だから揶揄されたり批判されることが前提で、それでもあなたはこのままの現状維持は、もはや衰退の道をたどるしか無いと危機感があるわけだけれども、それが見えない人からすれば余計なお世話となって、いつまで経っても議論は平行線となっていく。すると不思議なことにあなたはそれを諦めてしまうわけだけれども、そうすることで今度は現状維持を打ち破ることが面倒になって、あなたが戦ってきた反対勢力にいつの間にか取り込まれてしまうわけだ。
新人
だから、よくわからない新人が勇気を出して言ってくれた意見には、真摯に対峙する習慣を持つことが大切だね。なんだかよくわからないことを言っていると思ったことは、実のところあなたの方が知らず知らずのうちに取り込まれている既存勢力にいる証拠でもある。なんでもそうだけれども、なんだかよくわからない、という感覚を面白がって楽しめるのか、それともそれは面倒なノイズであってそんなものに耳を傾けるのは無駄だと思うのか、それがあなたがどれだけ汚染されているかを判断するものさしであることは間違いないわけだ。もっといえばなんだかへんてこなことばかり言う相手に対して、なんとかそれを封じ込めようとしたとき、もはやあなたはかつてのあなたではないということでもある。かつての、わくわくしてやる気に満ちていたあの頃を捨て去って、面倒事を一切排除して、思考停止で淡々と過ごしていることに気づくためのきっかけを与えてくれていると喜ぶことができないのだからね。
改善
なにかをもっと良いものにしようとしたとき、もっと頑張ってやらなければならないという思考が生まれたなら注意した方がいい。もはや盲目的に当たり前にやっていることを批判するという視点を失っているからだ。そうではなく、これはなんのためにやっているのか、それをやらなければどうなるのか、というもはや語り尽くされたチェックが全く効いていない状況だね。そんなあなたはおそらく悩みも苦悩も軽減されているはずだ。目下の悩みはたいていの場合一点だけで、あなたを邪魔するへんてこなことを言い出す新人や、あなたを批判する変人だけとなるだろうからね。あなたがなんとなくやってきたことを乱すような意見は、まさに耳が痛いだろう。それをそのまま受け入れられないならば、あなたがのほうが変容しているわけだ。もっと言えばあなたがその批判に真摯に対応できず、憤りとか怒りを感じたならば危険信号だね。その感情はどこから来たかと冷静に分析すればすぐにその根本は見つかるだろう。あなたがかつて直感的に思った違和感をズバリと指摘されたことが浮き彫りになるからね。さて、それを握りつぶすか、向かい合うかであなたのアップデートができるか否かの分かれ道となるわけだよ。
