夢と勘違い
当たり前
今があることが前提なのはもちろん、明日もきっと来ることが当たり前として生きている。ところが、今夜寝床について、明日目覚めるという保障はこれまで一度もなかったはずだね。まぁ徹夜して眠らなかった日はあっただろうし、良いも悪いもほとんど眠らなかった日はあっただろう。そんな日があっても、たいていは次の日はぐっすりと眠っている。今が未来へとつながっている感覚を、こうして無意識的に持つようになるわけだけれども、正確には連続していないことに気づくだろう。すなわち、あなたが眠りについた瞬間に、あなたのこれまでのことは一旦途切れて、目覚めた瞬間にまたその続きかのように発動していることの繰り返しだね。だからずっと連続していると思い込んでいる。でも、あなたという自我が発動している間という意味では、途切れ途切れであることが現実だね。いやいや、眠っていても夢を見ているから、やっぱり連続していると反論するだろう。確かにそうとも言える。ならば、夢さえ覚えていない状態のあなたは、一体どういう状態だと説明できるのだろう。やっぱり、少しあなたという世界が一旦そこで途切れたと言うののが、自然であり、無理はないだろう。
補完
すなわち、実際には途切れ途切れの断片であるあなたの自我を、これまでも、そしてこれからも同じだというのは裏方の作業なしでは成立しないということだ。ありのまま、そのままなんて言うものではなく、あなたはある意味かなり無理やり整合性を保つために毎日生まれ変わっている存在だとも言えるね。それがたまに失敗してうまくいかなかったとき、あなたはこれまでのあなたとは少し違うあなたに変わっているわけだ。その少しずつの復元の失敗が積み重なることが成長と呼ばれる正体だったりもする。これまでは画一的に毛嫌いしていたことを忘れて、なんとなくやってみたらできてしまって、その後にそういえばそれは嫌いだったと思い出す。実際の場面でそんなことはよく体験してきたね。これまでは絶対無理とか、できれば避けたいというようなことが、ある日突然そうでもなかったし、何ならあなたが確定していたそれとは全く異なっていて、ならどうしてあなたはこれまでそれを不正確なまま信じ込んでいたのかという疑問に困惑する。いつからあなたがそう思ったのかを少しだけ遡って、分析するに結局のところ始まりは「勘違い」だったりする。
らしさ
あなたの世界は真実と事実で構成されていると思っている。けれどもそれは、それほどまでに絶対的なものではなく、むしろかなり勘違いが混じったいい加減なものなんだよ。そう言われてもにわかに信じられないのは仕方がない。けれども、生まれてこの方一度も勘違いや間違いが起こっていない世界もまた、存在し得ないわけだ。さらに言えば、もしかするとあなたの世界は、調査しようもないことなんだけれども、思っている以上に誤りばかりの世界だという可能性を否定できない。ということは最悪この世はすべて勘違いで出来ていて、その一部であるあなたも勘違いであり、あなたの大切な人たちもあなたが生み出した幻影にすぎないかもしれないわけだ。勘違いなんて言わないでそれを夢と言い換えても、似たようなものかもしれない。この世はすべて夢で出来ていて、その一部であるあなたも夢であり、あなたの大切な人たちもあなたがが生み出した夢に過ぎないとなる。あら、さっきと違ってなんだか素敵な世界だと感じて、まさに世界が一変したのではないかな。
