人生の脚本家
ウキウキ
心が踊っている時、なんでもない日常も踊りだす。だから毎日が楽しく感じて、あなたは充足して安心しているわけだ。そして、何が起こってもそれは小さな出来事か、あるいは取るに足りないこととして認識すらしなくなるね。ところが心が曇っているとき、なんでもない日常は退屈なルーティンとなる。だから毎日がとてもつまらなく感じて、あなたは砂を噛むような日々と不安に襲われてしまうわけだ。そしてとっても些細な行き違いを大げさに感じて、重大な問題が山積みとなっていくわけだ。しかしながらよく考えてみれば、何も起こらなかった日なんていうのは、これまでもおそらくこれからもないわけだし、ちょっとした勘違いやミスや行き違いは必ずといっていいほど起こり続けている。だからこそ、時間が過ぎ、体験や経験が増え、あなたの人生に厚みをもたらしてくれている。自然界はずっとそれを繰り返しあなたに与え続けているだけなのに、あなたの世界はそれで晴天になったり嵐になったりしている。その主要な原因は、同じことを繰り返している自然界ではなく、間違いなくあなたの側で起こっているわけだ。
ワクワク
身震いするほどの変化が起きたとき、それに対して期待に胸を膨らませてわくわくしているのか、それとも最悪な事態を迎えてびくびくしているのか、どちらも概念としては同じ「不安」が襲うわけだ。同じ「不安」なのに、あなたの状態はまるで真逆に反応するね。そしてできればびくびくする毎日ではなく、わくわくして過ごしたいと願っているだろう。そこでも発生した現象だけに注目すれば、どうみても同じことでしかない。人によってはまたとない絶好のチャンスだと思うだろうし、また他の人からすれば最悪で二度と体験したくないような絶望となるわけだ。無味乾燥な変化をいちいちどう捉えるかによって、まさに世界が一変する構造がそこにある。あとはあなたがそれらをどう捉えるかという基本的なスタンスによって決まってしまう。だから事実だけを冷静にメタ認知すれば、そこには単なる現象しか存在せず、さらにいえばその現象もあなたがそう思ったからそう認識しただけのことで、もっと大きなスケールで見れば、日々どこかで必ず起きている単なる微小な変化でしかないね。
スタンス
さて、あなたはどちらに捉えることが多いだろうか。そこが強いて言えばあなたの個性であり、あなただけの特徴であるとも言えるわけだ。もちろん、その尺度というか、ものさしは誰かにそうだと言われてきたものばかりだろう。みんながそう言うから、とか、常識的に考えてこうだろう、とかでしかない。さらにいえば善悪という一番あなたを縛り付けている根幹の概念が強く影響している。ところがこのあなた流の善悪が唯一無二の普遍的なものでもなんでもないことを知る時、そこには一瞬だけ良い悪いという風がピタリと止まる瞬間が起こる。静かにあなたのいまおかれている場所と、環境と、宇宙と一体化したその瞬間は、まるで騒がしい日常が嘘のように静まり返ることに驚いたことがあるだろう。そう、騒がしい演出をしていたり、その場面にぴったりのメロディーを奏でていたのはあなただったわけだ。それは本来の静まり返った良いも悪いもないこの世界に、あなたなりの脚色をずっと与え続けてきた。もしそれが事実であるのならば、あなたが世界をどうするかは、もう見えてくるのではないかな。
