意味のしくみ

日々

意味

同じものを見て、あなたがそれをどう思うかというのは、まるで安定しないものだ。単なる汚れが点在している天井を見て、なんだかあの部分は動物の顔みたいに見えたりすることもあるし、そんなものはないと断定するときもある。したがって同じものを見て同じようにそこに意味を捉えるということは、できているようでそもそも不安定なものだ。おつかれさまです、なんて言われたときも、怖い上司からのそれと、好きな人からのそれとは、あなたの捉え方は全く違うだろう。同じ声を聞く、という現象であるにも関わらず、ばらばらの反応をするのだからね。あなたが良かれと思ってしてあげたことを、素直に喜ばれるのか、ありがた迷惑だと捉えられるのかは、あなたがコントロールできることではない。一方であなたからすれば、思いやりという同じ意味を持つ行為をしたつもりだから、その反応でまた意味が大きく変わってくることに驚くわけだ。もちろんその逆も然りだね。だからあなたしか自らの行為に関して意味を与えることしかできない。だから相手も、あるいは一般的にも同じように受け取ってくれるなんていうのは、奇跡に近いことと言ってもいいね。

共感

あなたの想定通りのリアクションをしてくれた人には必然的にあなたは好意を持ってしまうわけだ。それもあなたが勝手にそう思っているだけのことだ。だからやっぱり共感して同じ価値観を共有していると錯覚してしまうけれども、すべてが同じだとは限らないのは、よく考えてみれば当たり前だ。けれども、あなたはまた勝手に同じ意味を持つ人だと決めつけてしまう傾向にある。だから今度はあなたが思っていたのと違う反応だと、裏切られたとかその手の悪い意味を自ら与えてしまうわけだ。そしてそれがこじれてしまうと逆恨みとなり、あなたはそれを良い悪いのモノサシにすり替えてしまう。なぜならばそうでもしないと、あなたが与えたその意味が全く間違いになってしまうからだね。そんな自分勝手な意味を与えて、そのとおりでないことに対する怒りなんだけれども、よくよく冷静に考えてみれば、あなたの意味を蔑ろにしたという罪で勝手にあなたは他人を捌いているだけのことだね。一人裁判官となったあなたは、どんどん自己弁護に走り、ついには思い通りにならない人のことを、世界の悪人リストへと追加してしまうわけだ。

自演

そもそもいろんなことに意味をもたせることができるとすれば、それらをひっくり返すことも不可能ではない。もちろんあなたが正しいと信じていることを捻じ曲げてしまうと、ストレスとぎこちなさがそこに残ってしまうね。だから、普段は違うことを認めようと頑張っているけれども、どうしても好きになれない気持ちが消えてなくなることはない。そしてそれは我慢であり、ストレスとなってあなたに積み重なってしまう。それを上手に解消できるスキルがあればまだしも、やっぱりそれもずっと気に入らないから怒りという感情にのせて爆発させてしまうね。やっぱりあの人はそういう人だということにして、あなたは正義であり、ある意味神であるということでもやもやを消し去ろうとするからそうなるわけだ。でも、その怒りは実のところ誰か他の人に向いているわけではないね。もとはと言えばあなたがその意味を与えた張本人であって、単なる誰かに特別な意味をもたせた誤りからそうなっている。しがたって、それはあなたの誤りに対して爆発しているわけだからね。自作自演で怒りを表現することで、あなたが間違ってはいないと誰かに後押ししてほしいだけのことだ。そもそも意味がないというのはそういうことだなんだよ。