剥き出しの欲望
タイミング
絶好の機会が訪れた時、それに呼応するための前準備ができているかどうかで、その意義は大きく変わるわけだ。それはいつ訪れるのかは予測不能だから、そのための備えをしておかなければならない。けれども、いつ来るのかがわからないので、事前準備は必要だと知りつつも先延ばしにしてしまうわけだ。だから、その時がまさに今訪れたとしても、何もできないままみすみす見逃してしまうわけだ。だから、いつ来るかわからないことに対して、何かをしておくという姿勢は、今すぐにでも整えなければならない。そうは言っても、いつまでにどこまでやらなければならないのかが全く予測不能だから、恐る恐るこれぐらいかな、なんて思ってしまうから、大抵は全く不足した状態を維持していまうことになる。そしていざその時だ、と思ったところで、実のところ何もかも不十分だから結局のところなんの意味もないじゃない、とそこで初めて気づくことばかりが起こってしまったわけだね。
大げさ
それは、今この状態において、そこまでやるのは大げさだな、なんていう変な遠慮の思考でそうなってしまうわけだ。今を全力に生きよう、なんて綺麗事がいつも世間では語られるわけだけれども、ちょっと大げさだな、なんて思って控えめにしていることが原因だ。なら、なぜそう思ってしまうのかというと、そのタイミングが来る保障なんてなにもないからだね。もっと言えばそのタイミングが来なかったとき、大げさに準備してしまっているあなたをどこか恥ずかしいと思ってしまうからだ。ならなぜそう思ってしまうのか。それはその絶好のタイミングが来ると信じているあなたが、ちょっと小っ恥ずかしいと思うからだ。もっと深堀りして、なぜ小っ恥ずかしいと思ってしまうのか。それは、そういう姿勢でいつも虎視眈々とここぞという大逆転を狙っているあざとさをそこに感じるからだね。でもそれは本当にあざといという行為なんだろうか。
かっこつけ
あなたは絶好の機会でかっこよさが最大化することを少し恥ずかしいと思っている。なんだ、それをずっと待ち望んでいたという下心が見え見えな行為だと思っているからだね。でも、準備は十分であるに越したことはない。それも事前にしておかないと準備とは言えないわけだ。ということは、あなたはそうなることを強く願うか、信じている状態を継続しなければそうならないわけだ。そう、このポイントが一番のネックとなるわけだ。いつか必ずあなたにとっての飛躍のタイミングというかポイントが必ずやってくるはずだ、という強い欲望を維持して、しかもそれを公言してさらされ続けることにならなければ、それは実現不可能だからだ。いかにあなたは貪欲であり、一発大逆転をずっと追いかけている存在であり、もはや欲望の化身と見られても平気な強い精神を保つ必要があるわけだ。でも、あなたが思っているほどそれは恥ずかしいことではないから、遠慮なくそうしておけばいいよ。
