エウレカ

日々

イレギュラー

当たり前のことを言って、いわば世の中の通説を語り、常識とはこういうものだと自慢気に話す。そんなときのあなたは、いわば普通だ。それは教科書どおりでもあり、何も疑いもなくそれを受け入れ、かと言って深い洞察もない状態だ。それはいつでも代替可能であり、あなたよりも上手に面白くわかりやすく解説するように改良できるし、あなたでなくてももっと優秀ななにかがそれをすることは比較的容易いことだろう。そうではなく、常識や教科書の中にある未解決な問題であったり、そこから得られる深い洞察によって生まれた意見は、あなたでしかできないことである。それゆえ、研究者と呼ばれる人たちは皆、少し変わった人種であるとも言えるね。これまでの常識をそのまま丸呑みするわけではなく、少しばかりの疑念と、だったらそれに従えばこれはどうなのか、という疑いの目を常に向けているからだ。そんな難しいことは脇において、今わかっている範疇での受け答えと正解だけを信じているのは、彼らにとってみれば普通ではないのだからね。

探求

教育の現場でも、正解があらかじめ用意されている問いに答えるだけでなく、さらに言えばその問答集を暗記するだけではなく、自ら問いを立てて探求しその結果をまとめるという作業に重きを置きつつある。もはや今わかっていることだけでは、どんどん進化する社会においては生き残っていけないという危機感がそこにあるからだろう。もちろんこれだけ科学至上主義であっても、未知のウィルスが蔓延したり、思いがけない災害が発生したり、これまでかつてない現象が日々起こっている。今までわかっている理論において、それらをなんとか説明できたとしても、それらに対抗するための方策については、答えが出ないままである。新薬を創出するために日々研究を重ねていたり、自然現象が起こるとしてそれらをなんとか予知するための演算を生み出したりしようと、日々研究者や専門家たちは知恵を絞っている。もはやこれまでの常識や理論を一旦捨てて、そこから跳躍した推論を導き出す作業が求められてきつつあるわけだ。

素養

そんな大激動な時代において、身につけるべきことも少し変わってきたと感じているね。もちろん基本的な理論を頼りに、それ以上のなにかを探ることでしか探求はできない。何も知らない方がいい場合もあるけれども、そのベースとなるお作法というか、手続きは完全には無くせないジレンマがそこにある。従来の予測値や従来の手法でなんとかしようとしても、悉くうまくいかない。だとしたらその拠り所をどう変化させるか、どう切り替えるかという思考においては、従来のことがある程度そこにないと始まらないわけだからね。ただ、逆にそれらにとらわれすぎると、そこから飛躍した新理論にたどり着くのが難しくなってしまうこともあるだろう。それらの効用を天秤にかけて、上手にバランスを取らなければならないかもしれない。あるいは、それが次のステージを開くのに障害ポイントになっているのかもしれない。とにかく、牧歌的な時代では通用していた根拠がどんどんと塗り替えられていっている。しかも思っていたよりもそのスピードは速いみたいだね。