不自然な自然

日々

今日

今日という一日は、あなたにとって奇跡の一日だと言える。なぜなら、もしかしたら今日という日がこなかったかもしれないという不確実性を常に帯びているからだ。常に生き続けているわけではなく、たまたまあなたは一日生き延びたに過ぎない。それに、何もなければ明日も必ず来るだろうなんて牧歌的に考えているわけだ。ところが、現実に目を背けずしっかりと見つめて見ると、今日を迎えられないまま亡くなった人も多数存在するね。だからいつもの通り明日が保障されているということは、まるで夢の物語であり、それが確実性を帯びたなにかだと言う根拠すらない。ところが、特に何も変化がなければ、おそらくは明日が来て、それで何もしないままでまた明後日が来るなんていう思いは、何ら根拠すらないものである。にも関わらず、あなたは明日どころか、来年や数十年後も同じように過ごせると確信しているわけだ。そしてその上で、今という境遇を嘆き、つまらないなどとつぶやいたりしている。

訃報

だから、有名人が報道される事が多いけれども、急な訃報に触れたとき、驚くわけだ。それは年齢には関係なく、あなたにとってはいつも突然のことであり、予想だにしなかったわけだからね。しかし、あなたの近しい人はすでに亡くなっているわけだし、これまでの偉人であっても、すべてはその寿命を克服するぐらいの権力を得たものはいない。それを知りつつも、あなたの世界だけは例外だと思って、それほど気にすることもないわけだからこそ、自然なそれを受け入れがたいと思うわけだ。そうであってもそれはあくまでも他人事であり、自分ごととしては捉えきれず、悲哀の念を感じつつも、いずれあなたも同じことが訪れるなんて実感している人は少ないね。そう、いつもあなただけは特別な存在であり、そういうことは一切ないという世界であなたは生きている。よく考えてみればとてもおかしな世界であり、あなただけを特別視する根拠すら曖昧なままなわけだ。

終焉

すべてのものは、始まりがあれば必ず終わりがある。そしてそれは自然界では生まれて死ぬという現象であり、どの世界でもそれは避けられない事象としてあなたの目には映っている。そしてそれは例外なくあなたの生においても、そうなることは確定であると知る。ところがにわかにそれを受け入れるだけの器量はなく、すべては他人事であり、まるで嵐が去るぐらいの自然現象でしかないわけだ。雨がずっと降り続くといろんな弊害が起こるように、あなたが永遠に生き続けるのも不自然だ。頭では理解しているつもりであっても、実感としてはまるでなく、しかも常に死というのは他人事でしかないわけだ。だからまさか自らも同じ運命であるとは思いたくないというのが本音だろう。そのクセがあなたの幸せを遠ざけている。あなたは今が一番の瞬間であり、未来は誰にもわからないわけだし、それがずっと続くことはないという現実から上手に目をそらし続けてきた。それが不幸の源泉であることに、いまだ気づいていないだけのことだね。