決断とはなにか
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新しいものが好きな人は多いね。なぜかというと、新しいものはこれまでよりも良いものだと判断基準がそこにあるからだ。だからこれまでのものより、より進化して性能アップしているものが良いという、いわば固定観念にとらわれているとも言えるね。それは、これまでの時代がそうであって、新製品と言われるものは、今までちょっと苦手だった機能が改善されていたり、今まであったらいいのに、と思うような機能が実現できていたりする。しかしながら、それ以前とそれ以降で大きくあなたの世界が変革したと実感できるものはどんどん少なくなってきているのも事実だ。すでに便利さや機能は飽和状態であり、それ以上何を望むのか、という問いには完全には答えきれていないものばかりとなってしまったわけだ。大半の人にとっての便利さはすでに行き渡っていると言えるかもしれない。
問い
もちろんすべてとは言えないまでも、多くの人が機能の差がすこしあれども享受できる時代において、それ以上に求められるものは、それらの高機能化ではないということだ。もちろんどんどん改良されて、優れていくことは科学の進歩としては着実なステップアップだろう。けれども、それを続けた先に何が待ち受けているのかは誰にもわからない。良かれと思って搭載した機能があまり使われなかったり、便利さよりも煩雑さに変わってしまうこともある。ただそのベースにあるのは、問い続けるというスタンスだろう。大きく変えるようなアイデアやコンセプトは浮かんでは消えしている。けれども採用されるのは、前例主義的なこれまであったから、それをよりブラッシュアップしようというものばかりとなってしまう。奇抜な発想や、そもそも機能を省くという提案は、おそらく大きな決断がないと不可能に近くなっているだろうからね。
連続
仮説を立てて、実行して、その結果を検証して次の仮説につなげる。ビジネスシーンではよく言われることだ。もはや死語かもしれないけれどもPDCAなんて言ったりするので聞いたことがあるかもしれない。しかし実際には仮説のほとんどが踏襲することと同義になるわけだから、その回転スピードが速くなったとしても、そこで生み出される変化の量はどんどん小さくなってしまうのが大きな欠点でもあるね。新しい変革を求める時、実のところこのモデルはあまり使わない方がいい。どちらかというと、安全管理や運用保守のシーンで、大きく変化をさせないところで用いるのが適切だろう。しかしながら現代社会においての堅実な現状維持は減退とも言われている。それはどんどんこれまで良かったことが書き換わっていくスピードが速くなってきているからだ。そんなときに前例主義的な正解事例に依拠した仮説は、もはやどんどん外れていく。それに気がつかないのは中の人である当事者であったりするから恐ろしいわけだよ。
