まっすぐ

日々

不自然

自然の中に身をおいてみると、そこに広がる光景には都会ではないものがある。それは直線だね。どんなに広大な海岸でも、どんなに深い森の中でも、無いものといえばまっすぐなそれだ。複雑に入り組んだものでもなく、かといって人工的な要素がまったくないそれは、なぜかあなたの心を鎮める効果があるみたいだ。でも、人類の叡智の結晶でもある里山は、全くの自然とはまた違った様相を呈している。整えられた田畑は、真っ直ぐな要素が少し含まれており、大自然のありのままのそれとは容易に区別ができる。大自然よりはやや不自然ではあるものの、それも同じようにいつか見た風景としてややもすれば同列に見ることができたりするね。とにかく雑然とした生々しい大自然に少しばかり手を入れることで、あなた好みのそれとして捉えられるのは、あなたがその中で生きている証のような効果があるのかもしれない。

自然とあなた

あなたの身体は紛れもなく、自然界の一部であり、もっと言えば自然そのものである。現代では生まれる場所は整えられた病室であり、そこには機能的で整然として清潔な空間ではあるものの、それとは対象的にうまれたばかりのあなたには直線部分はほとんど無いわけだ。有機的な曲線でできた生命体としてまさに自然状態でこの世界に生まれたわけだけれども、あなたが美しいと思う世界は整然とした直線が多い場所と変化していくわけだ。その根本はどこにあるのかと問えば、自然そのままではなく、人類の叡智をそこに結集しているという印でもあるわけだね。自然界には存在しない直線をそこに引くことができるのは、紛れもなくあなたがそこにいるからであって、手つかずの世界はそれがまったくないのだからね。そうやって人類は生きている実感を直線と重ねることで、おそらくはそこに自身の存在を確かめているのだろう。

まっすぐ

まっすぐに生きることが理想であったり、効率化という意味では最短距離であることから、ベストソリューションであったりする。それぐらい現代社会においてはもはや無駄を省くという理念と合致している。もちろんそれを意識しない時代においても、わざわざ曲線にすることは少なかったわけだ。あなたの概念である時間軸もまっすぐであり、言葉を定義するときも数直線上で両極のそれを生み出している。いわばまっすぐという、あなたにとってはなんでもないことが、実のところ自然では一番異端なものであるわけだ。まっすぐに線を引いてみようとすると改めてわかることだけれども、そこには人類の叡智が詰まっているね。逆に言えばそれぐらい特殊能力であり、他の生物では困難なものであるわけだ。そんな一番不自然なものを見たときにホッとするのは、そこにあなたがいたという影を見ているからだと言えるだろう。