押すな、押すなよ

日々

前フリ

人生は壮大な前フリがほとんどだね。そのオチのために、あなたにいろんな苦悩や試練を与えている状態とも言えるわけだ。とても嬉しい出来事を体験するためには、比較的なんてことのないつまらない日常が続くことが必要だし、うまくいったと大喜びするためには、しばらくは全く思うようにならない状況がないと成立しない。すなわち、そういう全く間逆な状況がないと、その正反対にある幸せは成立しないわけだ。だから、できれば幸せを噛み締めて生きていきたいと思えば思うほど、思っていたのとは違う状況が必須となる。しかも喜びを大きくしようとすればするほど、苦労話がないとそれもうまくいかないわけだ。したがって、あなたが幸せを求めれば求めるほど、実際にはその前フリのそうではないという伏線が強くなってしまうわけだ。よく人生は真逆であると言われるのは、そういう構造的な観点からだね。

幸せの本質

すなわち究極的にはいつも幸せなんだけれども、それが日常だと全くあなたが感じることができない。だから日常はつまらないものでないといけなくなってしまう。だから、幸せは求めるものではなく、身近に感じるものだとか言われるわけだ。もうすでに幸せの真っ只中にいるからこそ、つまらないとつぶやいてみたりできる。なぜなら、仮に緊急事態において、そんなことをつぶやく余裕などないはずだね。その時点で間違いなくあなたは幸せである。ところがそれだと、まさにそうだという実感が生まれにくいわけだから、その影をわざわざ生み出さないといけないね。そのための大いなる前フリのために、あなたはずっと望みが叶わない状況をいくつも経験しないといけなくなる。それをもって幸せの大逆転劇が初めて成立するわけだ。すなわち不幸は本当のそれではなく、幸せのために生まれた影であり、影とはもちろん幸せがあるからこそできるものなんだ。

その先

だから、実のところうまくいかないことがたくさんあったりしても、それほど悲観的にならなくてもいいわけだ。もちろんその裏側を知ることで、一旦その悲劇の主人公をとことん演じてみることが、幸せへの確実な道のりだと知ることになる。だから、普段はうっかりその本質を忘れてしまいがちだけれども、なんだか思っていたのと違うことがたくさんあるときは、その壮大な幸せへの前フリだと思い出してみよう。そうするとなんだかワクワクした気分になれるだろう。同じ苦難を眼の前にしたとき、絶望の淵に立たされるのか、それともこれはもしや壮大な幸せになる前フリだと思えるかで、人生は一変するわけだ。特に偉人や成功者の崖っぷち体験にときめくのも、あなたはその大逆転劇に惹かれるのも、構造的なそれをなんとなく感じているからだ。だからといって、わざわざネガティブな体験を求めようと勧めているわけではない。ただあまりに大げさにとらえてしまいがちならば、少し緩和してもいいということだ。