フィジカルとメタフィジカル
与えるもの
幸せになりたければ、幸せを与えるとより幸せになれる。愛されたいのならば、まずあなたが愛を与える側になると良い。何かずっと口を開けて待っていれば、あなたの欲しいものが与えられるのが喜びだと思っている段階で、勘違いなんだよ。まずはあなたからそうすることで、不思議なことにあなたが誰よりも満たされるわけだ。だから、もしあなたが不満に思っているのならば、その文句を言えば言うほど不満が爆発するわけだ。そこから脱却するには方法はただ一つ。あなたがそれを始めることしかない。もっと幸せになりたいのならば、まずはあなたが思う幸せを誰かに分け与えることを始めよう。納得がいかないかもしれないけれども、そうすることで気がついてみればこれまで感じたことのない大きな至福に包まれていくだろう。そんなことはない、なんて否定してみてもあなたの不満は変わらないのだからね。
行動
そういうことは、ずいぶん前から気がついているし、知っているだろう。でも知っているだけでは何も起こらなかったのではないかな。そう、頭の中で理解していることなんていうのは、なんの役にも立たない単なる情報にすぎないからだ。しかしながらそれを知らないと何も始まらないから、まずは知ること。そしてそれをアクションプランに落とし込めること。そうすることでようやく、腑に落ちるというかわかるという本質にたどり着くことができる。頭の中で逡巡している段階では、あれこれと欠点や弱点をどんどん見つけていくだけで終わってしまうから注意が必要だ。知っていると理解して行動するというギャップは、あなたが思っているよりも大きな乖離がそこにあるわけだ。しかしながら今は情報が溢れている時代において、見聞きして知ることで飽和状態に陥ってる人がほとんどだね。逆に言えば、それほどまでに、手足を動かすという次のステップまで移行できることなんてほんの僅かでしかない。
身体能力
それぐらい、あなたの行動力は情報処理能力と比べて陳腐なものでしかないということだ。知っていることはどんどん増やすことができる。けれどもそれを実践することには限界があるわけだ。行動にはエネルギーが必要であり、うまくいかない分の鍛錬の時間も必要だ。そしてややもすればやり直すことも多数あるだろう。一歩前に進むというシンプルな前進でさえ、コストが莫大にかかるわけだね。一方で情報処理に関しては、机に座っているだけでどんどんと処理が可能だ。だから現代人はほとんどは頭でっかちにならざるを得ない。そしてその中で一度もやってみたこともないことを、まるで熟練者のように判断してしまうわけだ。そしてそれが日常となると、あなたはやったことのないことをやったと勘違いしていくわけだ。そしてどこかの評論家が言っていたことを自らの意見にすり替えてしまう。その傾向にあることは、かなり注意しないと免れないから気をつけてね。
