面倒くさいことばかり

日々

困難

できないことにぶつかったとき、あなたはとても疲弊する。だからできればスムーズにことが進んでいくことを願ってやまないわけだ。でも現実はそうもいかないことぐらいはすでに知っている。だからそうなったときでも対応できるように日頃から鍛錬を欠かせないわけだね。そうやって修羅場をくぐり抜けてきたとしても、さらにその上の困難がなぜか起こってしまうわけだ。これはもう絶体絶命かもしれない、なんて思ったりもするけれども、ふとこれまでの記憶を辿っていけば、過去にもそんなふうに考えていたときがあったと気づくわけだ。そして、今があるということは本当の絶体絶命ではなかったということだね。やってみればなんとかなったわけだ。ということは、今起きているそれもおそらくは同じようにやり過ごすことができるのかな、なんて思ったりもしている。

山あり谷あり

どんな道も平坦であれば、それほど苦労もなく前に進める。けれども、特に見知らぬことに挑戦したり、やってみたことがないことをやってみたり、知らないことを理解しようとしてみたりする途中に、必ず失敗があるわけだ。それも細かく失敗し続けて、あなたにとっては全く満足がいかない結果ばかりがあなたを苦しめることになる。もうそんな経験は懲り懲りだと思って、いつもはできるだけそんな厄介事を避けて通るような道ばかりを選んでいる。そうやってなんとかうまく回避し続けてきたわけだけれども、運悪くまた苦悩に直面してしまうわけだ。ああ、またか、なんてため息をつきつつも、それに対して対峙することになる。でも、なんとなく感じているのは、辛いばっかりの時間なんて探し回ってみたところでどこにもなくて、楽しくて仕方がない時間も同じことだ。まぁ、これが生きることそのものなんだとまるごと受け止めると、不思議なことになんてことなかったりするわけだ。

繰り返し

そうやって、いくつもの困難を乗り越えて今がある。それがあなたの人生の一部となって成長してきたわけだ。もちろんそんなこと言われても、あなた自身はそんな実感すらないわけだ。どちらかといえば迷惑であり、できれば避けたいことばかりであり、良いことばかりの人生が良いと思っている。でもそれもいい加減な考えでしかなく、あなたも真剣にそれを望んでいるかと問われたとしても、絶対そうありたい、なんて大きな声で叫ぶほどのことでもないね。そう、いいなと漠然と思っているだけであって、真剣に向き合えば自ずと答えが違ってくるわけだ。だからぼんやりと楽々人生を望んでいるように勘違いしているだけで、そのあなたの眼の前に立ちはだかる問題は、あなたしか解決できないからそうなっているわけだよ。逆にあなたにとっての問題ではないことは、誰かの苦悩であったりもする。それぐらいのことが次々と現れては消えていく。まるごとあなたの人生だと言うのは、そういうことなんだ。