幻想と本質

日々

こだわり

あなたはいつも表層的な意味ばかりに支配されて、その本質に気がついていないだけだ。例えば高価ななにがしは、その高価さばかりが際立ってしまって、その本質がベールに包まれてしまって、本来の機能とか特徴を誤解したままになってしまう。例えば豪邸に住みたいとか、高級な食材を食べたいとか、そんな欲望にとらわれてしまうけれども、その本質はあなたが生命活動を維持するための機能を得たいと思っているだけのことだね。だから、なにも無理してまで手に入れることをしなくても、その代わりになるものはすでにあたの周りにたくさんあふれていることに気づかない。だからといってお金が減るのをケチって安物買いの是に失いになれと言っているわけでもない。あなたが今必要な分だけ、必要なときに手に入れられるものを選択すればいいね。いわば身の丈を知るということは、あなたが今必要としている本質を見抜くことができるということなんだよ。そこで間違ったものを欲しがることで苦悩に満ちた日々を送っているとすれば、これほど滑稽なことはないといえるね。

好き嫌い

どうしてもあなたのこだわりからすれば、もはやそんな理論や必然性を度外視してまでも手に入れたいものがあるだろう。それ自体は特に良い悪いとかではない。欲しいと思っているあなたがそうなんだから、ある意味仕方がないことでもあるだろう。でも、その動機がどこにあるかだけは、一旦チェックしてみればいいだろう。そして大抵の場合は、欲しいという欲望も、実のところあなたの心の底から湧き出てきたものではなく、なんとなく誰かの意見が数多の片隅に残っているだけで、突き詰めてみればそれほどでもなかったりして、あなた自身も拍子抜けしてしまうことに気づくことも多いだろう。あなたの希望や夢の薄っぺらさに気づくことで、少しばかりがっかりするかもしれない。でもそれに気づいたということで、あなたはより幸せになることができる気づきがあったわけで、それを一般的には成長すると呼ぶわけだね。そういうなにか根拠の薄いものを自分ごととして刷り込まれてしまうことが、あなたの本質を曇らせてしまう構造には注意した方がいいね。

ここにいる

すなわち、あなたは常に大きな衝動によって突き動かされてきたわけだ。その正体がわかると、ちょっとがっかりしてしまうものばかりだ。だからといって悲観する必要などない。そうやってあなたはワクワクして生き生きとこれまでの人生を歩んできた実績がそこにある。要するにその要因とされるものは、他人から見て、あるいは改めてあなた自身からみて、なんてバカバカしいものなんだとしても、それは主要な犯人ではないからだ。逆にそんな勘違いばかりしているからこそ、あなたは幸せを実感し、前向きな気持ちになったわけだし、ようやく手にしたそれらを愛でることができるわけだ。だから本質はどうであっても、あなたがそれらに一喜一憂してきたというコト自体それこそが、あなたの本質そのものだったと言えるわけだよ。そしてそれは、特に反省して変えなければならないという問題でもない。ただ、その楽しい幻想によって、不本藍な苦悩が大きくなりすぎたときに、ふと思い出せばいいだけのことだね。