夢中になるために生まれた
終わり
すべてには終わりがあるわけで、よく考えてみればそれらのどれもが例外が一つもない。だからこそプロセスを大切にしようと思って生きるわけだけれども、その最中にはなかなかそれに気づくことが少ない。だから、こんなこといつまで続くのかなんて嘆いてうんざりしているわけだ。もっと良いことがきっとあるはずだと、なんの確信もないとしてもついそう思いがちだし、それ以外の選択肢が常に頭をよぎってしまうわけだ。だからいつも口をへの字に曲げて不満が収まらない毎日となってしまう。そのありがちな状況には前から名前がつけられていて、それは「ないものねだり」という言葉に集約されるわけだ。今を楽しめない根本原因がそういったことによって発生しているとすれば、あなたがもっとしっかりと吟味して一つ一つ丁寧に取捨選択すればいいというアドバイスや結論になる。けれどもそれを知っていても、その選択肢がベストだと断言できるほどの唯一無二ではないから厄介だね。しかしながらそれは不満の原因である一方で、不幸ではないとも言える。なぜなら、それだけ選択肢が豊富であるという状況だからだ。
唯一
もし人生が一本道で、なんら選択の余地すら残されておらず、それが現状においてはベストであったとしても、あなたはそれで満足するとは限らないのは不思議なことだ。何も考えず、そして何も悩むことがなくなったら、それで不満や苦悩から解放されて幾分楽になるかもしれないけれども、そんな人生を想像しただけで、あなたは再び口をへの字に曲げていることだろう。ということは、十分に余白があったらあったとして選びきれないし、かといって何も選ぶことが出来ないという状況を素直に受け入れることも出来ないとなる。それはいずれにせよあなたは現状と何ら変わらない思いを持ち続けるということを意味するわけだ。仮に豊かな選択肢があることを感謝しつつ、しかしながらどれを選べばベストなのかがわからないままか、もはや選択肢すらない状況でそのままずっと歩み続けることができるとしても、それはそれで他人の庭が青く見えるというわけだからね。結局のところ、今を楽しむことができないまま過ごすという苦悩は、どうやら余白や選択肢で解消できることでもないようだ。
ゴール
すべてにおいては行き着く先がある。そしてそのときにあなたは十分に満足した人生を終えるとすれば、一体どういう状況になっておけばいいのだろうか。あなたにも誰にもそれはわからない。逆にわかっているのならばこれほど簡単なことはないと思ったとしても、それも解決方法としては不十分だ。となれば、あなたはこれまでもこれからも苦悩に満ちた毎日が約束されているようなものだ。それらはどうなっていようとも同じことだね。ところがその中で全く違うことが一つあるとすれば、どうにもわからないこの世界の中で、今に夢中になっているかどうかだけがあなたが唯一できることかもしれないね。それはもしかすると誤った選択肢かもしれないし、それすら許されないことかもしれない。けれども、今それをやることによって、あなたが充足しているのならば、それはそれで素晴らしいことだと言っていいね。もちろんあとになって、くだらないことに人生を費やしてしまったと後悔するかもしれない。けれども夢中になって過ごしたという事実はそのまま消えることはない。実のところ、あなたが生まれた一番の理由がそこにあるのかもしれないね。
