失敗と学び
自由
真の自由とは、好き勝手やれることではないことはなんとなく知っているだろう。自由とはあなたの夢が叶っている状態のことだ。すなわち、そこでのあなたは様々な障害や苦難を乗り越えているがゆえの力強さが生まれるわけだ。しかしながら表層的な状況だけを見てしまうから、自由になりたいともがいてみても、いつまで経ってもそうはならない。そもそも自由を履き違えてしまっているのが原因なわけだ。だから、自由とは力の象徴そのものであることは違いない。そしてその何でもやり抜く力というのは、何も考えず、何も苦労せずして手にするものではない。そこがあなたのやりたいことが叶わない最大の原因なんだよ。もっと言えばそれを手にするための今であり、これからの苦難や障害がその糧となる。どうにもこうにもうまくいかないと感じているときこそが、真の自由を手にしているということであり、逆言えば何でもすんなりとうまくいっていると感じているときには、実のところ不自由だということに気づくかどうかが、あなたの希望が叶うかどうかの分水嶺となっている。
見極め
そうやってあなたは思わぬ勘違いによって、余計な苦難をも引き受けるハメになっている。それを一つずつ紐解くことができれば、あなたがやるべきことがはっきりと浮かび上がってくるわけだ。そしてその障壁に対して真摯に丁寧に向き合うことが、自由そのものだということをようやく掴むことができる。大抵の場合は、その段階にはまだまだ到達できずに、不自由だと腐ってしまっているわけだ。だからあなたがやるべきことが明確になる状況まで、様々な錯覚を取り除くことがファーストステップとしてとても重要なわけだね。一見不自由で、がんじがらめだと誤解したままで、それらに対して解消するための対応ばかりに追われてしまっている。そしてそれらを仮に乗り越えた先に、自由の尻尾が少しだけ見えるのだけれども、それを掴もうとしてまた手前の新たな問題事に追われてしまっている。そうではなく、あなたがやるべきことを精査するには、本質ではない目隠しのような問題を切り捨てる力が必要だということだね。
判断
物事の本質を見極める力というのは、まさしく自由への切符なわけだ。けれどもそこまでにはなかなかたどり着けないのは、表層的な瑣末事にとらわれ続けているからであり、暗闇の中でサングラスをかけているようなものだとも言える。そしてそれらを精査するにあたって何も特殊な能力が必要なわけではなく、本来あなたに備わっている力で十分だということ。しかしながらその力を正しく発揮できず、暗闇の中で光るようなノイズに惑わされている状態をなんとか補正するだけのことだ。それには、何が必要なんだろうか。本質を見極める力は何も特殊なものではないというのにね。それは失敗のない、しかしながら成功もない世界に浸らないことだ。すなわち、こんなものだという思い込みであり、そしてこれまでもそれでなんとかなってきたという過去であり、世の中こんなものだという諦観が、すべてを歪めているわけだ。あえて大きく失敗しようとしたとき、意外にもそうではなかったりするのはそういう構造だからだね。だからこそ失敗の多い人生の意味と価値がそこにあるんだよ。
