何も変わってはいない
意味
現実はあなたの前で何かと変化しているように見える。けれども実際には何の起きていないとしたら、どう感じるだろうか。もちろん日差しは変わるし、気温も変わる。風が吹く日もあれば、雨が振る日もあるね。やっぱり刻々と変化しているじゃないか、と思うだろう。しかしそれらはあなたがそれをそういう意味付けをして見ているに過ぎない。すなわち、なにかの信号をあなたの五感が感じ取って、それを脳で処理することでその結果が出る。もしその信号が別の何かとして処理されてしまえば、あなたの世界は全く別物になるね。いつも暑い国の人には季節の変わり目なんていうことは体験できない。季節が変わることは、それをそう感じ取るように認識できるプログラムがあるからそうであり、それすらも特に必要ない地域においては、特別でもなんでも無いわけだ。すなわち、生きるのに必要な最低限のリアクションがあれば、それ以外は生命維持プログラムとしては余興となる。
特別
したがって、あなたが人生について考えるとき、それを可能にしているのは余暇があるからだね。刻々と自然環境が変わるとして、常に捕食者に命を狙われているとして、常に食べ物を探さないといけないとすれば、あなたには人生がどうだとか、どう在るべきかなんていう余裕はほとんど残されていないだろう。そんなことよりも、今日をどうやって生き残るかということの方が大切だからだ。あなたが苦悩したり悩んだり、喜んだり笑ったりするのは、その合間でしかない。現代社会においては、食べて生きることはそれほど困難な課題ではなくなった。だからこその称賛を得たいという欲望だったり、もっと富と財産を持ちたいという夢だったりが成立できるわけだ。身近に生息する昆虫やその他の生物を観察してみればわかるように、彼らは単なるシンプルではあるけれども、洗練された反応によってなんとか生き残っている。本来それだけで脈々と命は受け継がれているわけだ。そういう意味ではあなたはすでに特別な存在であることは間違いないと言って良いね。
生命
しかしながら、命は必ず尽きることは、小さな昆虫もあなたも同じだね。寿命にはそれぞれで長短はあるけれども、永遠の生命はいまだに見つかっていない。どんどん移り変わる世間であっても、ここしばらくはずっと変わらず同じこともたくさん見つかるだろう。1日の長さとか、雨がふらない日はないとか、風がずっと吹かないことはないとか、実のところおそらくずっと変わらぬものばかりでもある。激変の社会においても、生命活動に関わるところや、身体のしくみなどはそれほど大きく変わらないようだ。さらに言えば生命を取り巻く環境も大変化していると言われているけれども、急に海が川になったり、森林が一気に消滅したりはしない。もっと言えば、不自然なことはすべては人類が起こしていると言ってもいいだろう。つまるところ、変えている張本人が、何かを思い悩んでいるということだね。そんなことばかりを繰り返すことで激変しているように見えるだけで、だから実際には何も起きていないと言えるのだよ。
