例えばソーシャルディスタンスは6フィートとか
社会的に人々の距離を適切に取るということが推奨される状況になった。
そのための目安を数値でおおよそ6フィートとかひとたび設定されると、何が何でもそれを保持しようとする。
しかしながら都市部や通常の生活においてその距離を保持し続けるというのはかなり支障がある。
時代はいつでもそうなのだが、野菜は一日350g取れとか、ビタミンCは1000mgとか(これは違うか)、そういう数値はそもそもどうやって算出されて決定されたのか。数字はまさに独り歩きする。
科学的根拠によって決定されたとしても、そのためのまずは設定なり定義なり前提条件があるはずである。
しかもそれは後々検証してみるとそれほど根拠なんてなかったりすることが多い。
日本のマスメディアが毎日「感染者数」を刻々とグラフ化して見せたり、6フィートは2メートルに換算して説明したり、
そもそもどの数値も「それはなんで公表されているの?」という問いに対しての答えが見つからなかったりする。
そういえば「8割おじさん」は消えたな。なのに未だ8割減とか「気の緩み」が、とか伝えているメディアには「良心」はあるのかないのか。
そもそも人出をパーセンテージで伝えて、それと「人と接触は8割減=人出80%減にしなきゃ」的な意図が見え隠れするのは何故?
人と人の接触は人出50%減もあればその2乗に比例するのだから。悪意のある番組は80%を境にして色付けして放送している。
もちろん未知に対する様々な施策の中で、方向転換は大いにあり。違うかと思ったらすぐさま訂正すればよい。
コロコロ変わってリーダーシップがないとか言われるが、方向としては多くの命を守るという意味で変化はないはず。
揚げ足取りのノイズはそれほど気にしなくてよいのではないか。
未知を恐怖に変え、それを増幅して社会が崩壊する。
その手助けをしてしまっているのは、自分の頭で考えることを忘れてしまった人全部である。