さぁどっち?
どうしよう
さぁどっちにしようか迷っている。今見えている道は右が左か。一番わかりやすい分かれ道だね。今までも幾度となく経験してきたこと。まさに色々と天秤にかけて良い点、悪い点などを数えてみたりする。でもちょっとまてよ。今までもそういうことはたくさんあって、分かれ道なんていうシンプルな分岐ではなくて、それこそ普通の交差点を右、左、まっすぐなんていうところもなんなく選んできたし、5差路のような複雑な道さえも少し迷いつつもそれほど悩まずに進んできた。なのに今回のこのシンプルな分かれ道でこれだけ悩むのはやはり単純が故に選びきれない何かがあるんだろうね。
熟慮
そう、一度迷い始めるとまさに迷路にはまるように思考さえ同じことを何度も繰り返している。そう、迷うところはどっちを選んでもそれほどの差がないのが特徴なのかもしれないね。右に行けば谷底に、左に行けば町へ出る分岐だったら迷う余地はまったくない。でも右にいけば美しい水辺に川魚が待っていて、左に行けば美しい森林と美味しい果実があったりと、どちらも甲乙つけがたいときにたいていはとても悩んだりするね。この場合あなたはどちらも好きなのか、どちらも嫌いかだろうね。どちらも興味がなければそれほど迷わず直感で決められる。こだわりが強いほど答えが出ない。ではそのこだわりとやらの正体を暴けば原因がわかるかもしれないね。
あなたさま
あなたにとって断固としてこれは許されないという何かがあると、許されない何か同士で比較対象することが難しくなるね。右に行けば大金持ち、左にいけば人気者、さてどっちにしようか。一般的にこれは決めやすいかもしれないね。邪魔するのはどっちも捨てがたいと思っているあなたの執着。すなわちあなたそのもの。なんか奇妙だけれどあなたの意思決定を一番邪魔しているのはあなたそのものなんて、ちょっと何を言っているのかわからないかもしれないね。でもこだわりだったり、損得だったり、どう見られたいだったり、今まであなたが拠り所にしてきたことがいつもその迷いを産んでいるだよ。他の動物は迷わないね。直感で動いている。迷いが生まれるのは直感を超えた自我が生まれた時だけ。だからこれは人間特有の悩みかもしれないね。なら、愉しめる範囲で悩めばよくて、心が苦しくなるまではやりすぎだね。身も蓋もないことを言えばどっちを選んだとしてもなんにも差はない。だって差をつけている犯人はあなたなんだからね。