泡沫社会
何もいらない
これで十分だ。次へ行こう。あなたは満足した顔でそう言う。もしくは実は飽き飽きしているのかもしれないね。そういうときの気持ちはどうだろう。例えばあれほどやってみたいと思っていたことが願いが叶ってできるようになった。けれど、できるようになりすぎてもう飽きてきた。途端にあなたの関心は次の違う何かへと移動しているね。休みなく働く毎日を過ごしているうちに、ふと、毎日が日曜日だったらどれほど楽しいだろうと夢見て、そうなるためにはお金持ちにならなきゃなと頑張る。ついに念願の余暇を手にしたとき、最初に3日で十分に堪能してそれ以降は実は苦痛でもう仕事のことを考えてしまっているね。せっかくの夢が台無しだね。
理想
結局はすべて本当の欲望でもなんでもなく、勝手に握らされている何かでしかないというわけだね。働くことは辛いことで休みはとっても楽しいことと思い込まされている。いざ夢が叶ったと思えばどちらかというと仕事が好きということに気づく。そこであなたは本当のあなたに出会えたというわけだね。もっと言えば、それを実現したことでなんてことがないと知ったわけだ。そしてそれがマヤカシであってあなたの願いとしてあなたに憑依していたけれど、叶ったとたんにどこかに消えてなくなったというわけだね。現代社会で刷り込まれているいろんな夢や希望のほとんどが泡のようなものでしかない。そもそもそこにないものを見つけて欲しがるようにしかけられている社会だから当たり前だといえばそうかもしれないけれどね。
泡沫
成功者の体験談を知ったところで、成功者になれないのは成功という泡でしかないからだね。ぼんやりと出現しているけれど掴んでも掴んでもつかまえることができない。ということは同時に失敗ばかりしているあなたの人生も泡であって、その証拠をいくら並べてみたところで誰かのお墨付きの証明書はできないね。万が一あなたは悲惨な人生をこれまで歩んできました。その悲惨さをここに証明します、なんて言う書類をもらったところで何か特典でもあるわけがないね。それを克服して次があると信じているけれどもその克服する対象が泡なんだよ。何かを成し遂げたとか言っている人に共通することは、それに気がついたということだね。何も克服していないし飛び越えたと思ったそれはすでに消えてなくなっていたというだけのことだね。だから大げさに克服とか叶うとか夢とか思い込みすぎない方がいいね。その泡は楽しみのためにほんの少しだけそこにあるんだからね。