あなたという役を降りる
増幅する苦
昨晩あなたは友人と話をしていて、とても面白い話をされたので文字通り腹を抱えて笑っていたね。それで友人と別れて家に帰ったときあなたは笑いすぎてちょっとお腹が筋肉痛なのかな、と思っていた。それぐらい笑ったのでそれもまた仕方がないと思っていつものようにシャワーを浴びてベッドで就寝した。ところが、それから2,3時間後にお腹が痛くて目が覚めた。さすがにこれは笑い疲れで痛いのではない、別のなにか違う原因で痛いんだと気がついた。するとたちまち悲劇の物語が生まれるね。お腹が痛いという一つの苦しみに対してあなたの脳は余計な別のことまで騒ぎ立ててさらにあなたを窮地に追い詰める。明日の仕事はどうしよう、今から救急車呼ぶのは近所に迷惑かな、いやタクシーで救急病院までいくべきかな、そういえば財布にお金がなかったな、そもそも友人とのんきにバカ話をしていたからこうなったのかなとか、あまりにも今とかけ離れたことまで瞬時に因果関係を結んでドラマでいう最悪ストーリーがたくさん出来上がる。単に夜中にお腹が痛いという苦に対して、今は考えても仕方がない未来と過去の物語を自ら創作してあなたにさらに追い打ちをかけてくる。
夢物語の主人公
そうやって今の苦しみよりも、明日の仕事とか、昨日調子乗ったとか、天罰が下ったとか、近所の人の顔色とか、そういうものの方が大切だと思ってしまうのはなぜだろうね。あなたはもう気がついているかもしれないけれど、それはあなたはあなたという自己が生み出しているね。お腹が痛いという苦しみは生きている動物にとって避けられないこと。しかも痛いと知覚することで適切に処置して生き延びよという警告だね。だから痛み自体は良いとか悪いとかない。アラートというか通知機能として適切にシステマティックに動作してむしろ正常だね。そこから痛みを和らげるための適切な処置とその原因を医療機関に見てもらうという行動をすればいい。実際の行動パターンはそれだけなのに、さらにあなたを追い込んでいる物語はあなたを中心に瞬時に繰り広げられている。明日の仕事がーとか近所の手前がーとかお金がないのにーとかこの際本件とは全く関係がないね。
苦を増幅させないには
とにかく今を生きることが結論だよ。でもそんなこと言われても脳が勝手に悲観的な物語を次々と生み出すことは止められないね。だからどうするのがいいのか。物語を生み出す脳をあなたは自ら止められないのなら、生み出している脳から違うところを見るようにすればいい。ようするに一番簡単な方法としては「無視」することだね。と言っても無視しよう、気にしないと思えば思うほどそれはそこに注目してしまうというパラドックスがあるから、おまえの脳はこの期に及んでそんなどうでもいい話を生み出しているのか、と別人になる練習をしたらいい。諦観というような難しい言葉を使わずに「観察」すればいいかな。あなたはあなたをいつも同一視しているけれど、あなたという肉体から少し離れてあなたが観察していればいい。とにかく「無視」と「観察」してあなたと距離を置く練習をすればいいだけだよ。いつもいろんな悲劇でかっこいいヒーロー、ヒロインなあなたの物語が瞬時にしかも大量に生産されているけれど、賞味期間はそれほど長くないね。だってほとんど忘れてしまっているからね。要するにその物語の有効期限なんてそんなものだから放っておいたらすぐに消えるってわけだよ。ところがそれを真に受けてしまうとずっとあなたを苦しめることになるから気をつけてね。