お笑いパワー

日々

笑門来福

とりあえずなにか困ったことがあったら笑うといい。先人もそう伝えているね。現代では笑いとはどういうものかを科学的、医学的に解き明かそうという研究がたくさんあるようだね。特に笑うことで免疫力が強くなったり、ストレス軽減によってちょっとまだ説明がつかないような劇的な改善効果が得られるらしい。ま、そんな難しいことは考えないでも、笑いがあるとないとでは体感的にも大違いなことは知っているね。単に笑ってね、なんて子供だましのようでなんとなく信用ならないけれど、それでもできることなら怒って過ごすよりも泣いて過ごすよりも笑っていたいというのが本音ではあるね。

頑張らなきゃ

目標に向かって真剣な眼差しで頑張っている姿を思い浮かべてみよう。その人はおそらく笑ってはいないね。どちらかというと真剣な目でまっすぐその先を見つめている。そしてがむしゃらにやるべきことに対して努力をしている。それを積み重ねた先に手にする何かが待っている。だから日々少しずつであっても怠ることはない。一般的には感動を呼び素晴らしいと称賛される存在だね。ところが笑いという側面から見てみると0点だね。だってこの人は目標に達したときまで笑うことはない。努力しながら笑えばいいのに、それは真剣味が足りないとかではばかられるようだね。努力をしないでもできることをやればいいとかあなたは思うだろうけれど、そんなこと言うあなたとは相容れない存在になってしまっている。基本的に頑張る人は「まだまだ足りない」「そんなことでは目標に達しない」という「足りない」ことを信じているからそうなるね。努力をしないでもすでにできていることがあるのに、ってあなたが言ったところでそこには全く興味がない人だから合わないんだよ。

喜怒哀楽

同じように怒っている人は「思い通りにならない」ということを信じ、悲しんでいる人は「力が足りない」ということを信じている。どちらも根底には「不満足」「まだまだ」ということがある。ところが喜んでいる人は「希望が叶った」ということを信じ、楽しんでいる人は「満ち足りている」ことを信じているね。どちらも根底には「満足」「十分」であるということだね。ポジティブなことがいいことだとされる理由はここにあるけれど、かと言って「ポジティブになろう」と思えば思うほど先の法則のように、「ポジティブが足りない」という思いを固く信じることになるから逆効果だね。なろうとすると「なれていない」不足が際立ってしまうわけだね。そういうときの特効薬が「笑うこと」だ。笑っている人は「…」。笑っている間は「…」。笑っているときには不足も充足も不満も努力も目標もなくなっているね。おそらく世界のバグみたいなもので「何も定義されていない」という初期状態に戻ってしまう。これを逆手にとってうまく使うのに修行も奥義も免許皆伝も必要ないところも究極の妙薬とも言える。だからとりあえず笑っておこう。それがすべてだね。