きゅうりとなすびの鬼ごっこ
設定
物語もまずは登場人物の紹介から始まる。いきなり事件から始まる書き出しもあるけれどそれはレトリックだね。後に主人公や伏線として登場するそれぞれの人物像をいかに上手に描写できるかがその物語や小説のリアリティを司っている。あなたもそうだね。生まれた日は記憶にない。あなたは気がついたらこの世に生まれて意識がある。生まれた直後のことは両親や周りの人の情報に過ぎなく、どう頑張って思い出そうしても記憶として蘇るのは稀でしか無いみたいね。とにかくあなたはあなたらしいと思い込んでいるあなたを毎日演じていることには違いない。そういう設定の枠に縛られているとも言えるね。これまでの人生をあなた風に小説や物語として文章とか映像にでも記録するとしたらどんな展開にしたいかな。
ごっこ遊び
子どもの頃は、何かになったつもりで夢中になって遊んだね。アニメのキャラとか、電車とかくるまとか、ウルトラマンとか仮面ライダーとかゴーカイジャーとかだろうか。もっと細かい設定はたくさんあったような気がするが随分も前のことなのでそれほど鮮明に記憶には残っていない。なら今はどうだろう。今だってあなたはサラリーマンかOLかそんな枠が大嫌いだからもっと違う何かを探し求めているかもしれないね。いやいやわたしはわたしだよ、っていう時点でそういうわたしを演じているね。RPGゲームにもミニゲームがあるように、あなたはふと小腹が空いてコンビニへ向かっている。そしてコンビニに入った瞬間、あなたはお客さんを演じることになる。そして家に戻ってきたあなたは、今度はその家の大黒柱なのか、良妻なのか、母なのか、居候なのか、なんらかの役を常に与えられ続けている。だからたまに本当の自分はどこにいるのだろう、なんて言うセリフを聞くこともあるけれど馬鹿げた質問だと自らも気づきながら言っているね。だってそれらすべてがあなたなんだからね。
体制の真実
それが大きくなって政府や国というごっこを維持している。そういうと怒られるかな。誰を一番偉い人にするか、をいろんな方法で決めているね。大統領なのか首相なのか書記長なのか天皇なのか、いろんなボスの決め方があるみたい。それを続けているのには理由があるね。そうやって誰かの支配下にすることで統治している。本来自由奔放でいいのだけれど、これだけの社会化された街を生きるにはそれだとうまく行かないことがたくさんある。それに揉め事や厄介事もたくさんある。それらを誰かが主導して解決しなければ安心して暮らせないね。そこで政府やお上や国ごっこを演じている。それがごっこ遊びだと言い切る一番はあれだよ。運動会でたまたま赤組と白組とかに分かれて競うと、おかしなものでその勝ち負けがまさにあなたそのもののように感じられる瞬間があるね。赤組と白組に分かれる前まではなんともなかったのに。たまたまそうなっただけなのに、ときには本気で敵意を剥き出しにしたりしている。すべてはそんな感じなんですよ。だからもしまずい状態になればもとに戻ればすぐに終わるのはそういうことだね。