エラーなあなた
結果がすべて
今はすぐに結果を求められる時代だね。住んでいる街を見渡してもすべて人が頭に思い描いた通りの建物や道やお店が軒を連ねている。人が考えた人工物に囲まれてとても快適な生活を手にしているにも関わらず不満足そうな顔でその中を歩いている。一方少し郊外に足を向ければ、そこには大自然の片鱗にふれることができるね。たまに山奥なんかに分け入って走っているとスマホの電波が圏外になるところがまだまだある。そこには電気やガスや水道などの社会インフラと呼ばれるものも十分ではない。人工物がない分心がホッとする反面、虫だらけだしスマホ使えないし日が落ちれば命の危険を感じるような漆黒の闇に包まれてしまう。昼間に絶景だしパワースポットだし森林浴でマイナスイオン最高だなんて言っていた発言をすべて撤回したいほど過酷な環境だね。そのことから、いかにあなたは人が作り上げた快適な街で毎日を暮らしているかということに気づくわけだ。これは人の手が入って適切に整備されている里山も同じことだね。一般的には田舎暮らしなんて呼ばれているけれども、これも立派な人工物であって、自然の片鱗は適度に感じられるけれど暮らしやすい状況にしてあるわけだよ。
その歴史と変遷
現代社会の人が今の快適な暮らしを手に入れるための歴史と変遷はもちろんあるね。即座に結果や成果を評価されるようにはなったけれど、そこに至るまでの苦難の道は確実にそこにあったわけだ。ところがそんなことは忘れて評価されたり求められるのは常に結果のみとなってしまった。すぐさま答えを出すことがミッションであり、グズグズしていることは悪となってしまった。曖昧にするとかそのままごまかすとかが許されないということだね。それが可能になった背景は現代社会のシステム化であり都市化であるね。ほぼ電車やバスは定刻通りに運行し、スマホの電波が圏外になることはない。したがってすぐに答えを調べることができるということが前提となっている。そんな社会で暮らしているのに明日に届くはずの荷物が延期になるというならば、それなりの理由を説明できなければ追放されてしまう。そんなに合理化とシステム化が急激に進む中で人はそれに合わせて生きているのが今となるわけだね。
大自然
さて、どちらが自然でエコな生活なのだろうね。持続可能な開発目標とかいう怪しい標語を世界ででっち上げる時代に突入してしまっているし、しかもそれはある程度現代化、文明化した国の代表がもっともらしく掲げている。その裏側の魂胆は見え隠れしているね。それを金科玉条にしてワールドワイドなビジネスの匂いを嗅ぎ取っている。それを報道するマスメディアもビジネスであって慈善事業団体では決して無い。そう、すべての情報源というものはビジネスの上に成り立っているんだよ。あなたが大自然の中で一人ぼっちなときは、あなたの五感をフル活動して側に敵がいるのかいないのかを繊細に状況分析している。けれど都市化した社会での情報は押し付けられたよくわからない情報ばかりだね。それが今のあなたの世界観をすべて司っている。私も含めてね。そこから逃れることができているのは議論の場にも立てていない国の人たちということになる。人は病気でさえコントロールできると信じてやまない時代に突入してしまった。もはやデータがすべてを解析できるのであって、個人のあなたがそのデータから外れてしまう特徴を持つことは無視されてしまう時代だね。そんな特徴は個性なのになかったことになる時代。つまりあなたのちょっと変なところはノイズなんだよ。データに当てはまらないあなたは邪魔な存在ってわけだね。なんてこった。