迷惑は最悪

日々

やってみる

失敗するのが面倒だから新しいことをやらなくなってしまう。そうすると知っていることしかやれないので毎日が同じような繰り返しになるね。そもそも失敗するのを嫌なこととして分類してしまったのはいつ頃だろうね。子どもたちの行動を見ていたらわかるけれど、ああ、それ失敗するやつ、と大人ならわかることをわざわざやっているね。そこでやめなさいと止めるのは一番最悪で、大怪我することもない失敗はきちんと見守ってしっかり失敗させたほうがいいね。でもついついあなたは失敗する我が子が可愛そうだとか、恥ずかしいことだと思っているのではないかな。そうやって子どもたちも失敗は良くないことだと学習していって、失敗を恐れるが故に言われたことすらやらなくなるんだよ。

無気力

一方で失敗を顧みずどんどんやってみる子どもがいる。その環境からして多くは放任している部分が多い。基本子どもは自然に育つわけで、親がなんだかんだ言わない方がいいのは明らかだね。しかし社会的な通念に沿った生活ができることを先に求めてしまうから、やっぱり失敗しないように先回りしてしまう。そうなると何をやっても十分な能力を持っていないことを知る子どもはどんどん無気力になっていくのは仕方がないね。赤ん坊は失敗しても成功しても笑っている。どちらも等しく楽しいことのように見えるんだろう。成功とか失敗とかは社会が決めたルールでもなく、おそらくは他人との比較や競争によっていつの間にか定義されていくんだろう。さらに学校へ行けばテストがあるわけで、出題される問題を解いて正解しなければ、それは失敗と明確に定義される。そうやって比較競争が始まってとても小さなローカル集団での順位を意識して、おそらくは子どもたちの世界観はその狭い範囲で決まってしまうね。あなたもそんな世界観が基本にあって、今の価値観があるんだよ。

制御

人々をコントロールするにはそうやって法律以外の常識をどう植え付けて行くかが肝となるみたいね。同じ価値観で揃った方が多くの人の心を動かすことができる。そのためには幼い頃に同じ体験をして同じ評価を習った方がいいし、失敗を喜んでいる子どもに、失敗することは人に迷惑をかける悪いことだと教えた方がいい。そうすることで常に他人の目を伺うようになるね。そうやってどんどんコントロールされている。そして今若者を中心にテレビからネットに注目するようになっている。だからネットにも情報をコントロールするべきだという大人の魔の手がやってくるね。おそらくはトイレの落書であったネットの良さが、情報統制がどんどん厳しくなっていくことは間違いないみたい。そのベースにあるのは「あなたは他人に迷惑をかけている」と言い続けてね。この言葉はおそらく何らかの呪文だと思うよ。迷惑って魔法のコトバだね。どんなひどい言葉も間違った情報も誰も受け取らなければ持ち主に戻されるのにね。