あなたは言葉
対立概念
本当のわたしがいるとするなら、その瞬間に偽物のわたしが同時現れる。本物という言葉をつくったならば、偽物という言葉がないと成立しないね。言葉でひとまとめにしたそれらは、同時に対立概念が必要だということだね。巨大な真っ白な空間が目の前にあっても見渡す限り真っ白では認識はできない。けれどその中に一つだけ黒い点があれば、それが白だと認識できる。一番簡単な例は顔色だね。顔色なんていう色はないけれどあなたは顔色をとても繊細に見分けられる目を持っている。顔が赤くなるとか顔面蒼白とかいう表現があるけれど、実際にりんごのように真っ赤になるわけではない、けれどほとんどの人にその表現が通じる。顔色悪いよと見分けることができるけれど、そもそも顔色という色はこの世のどこにも存在しない。しかもすごいことは外国の人の顔色までも察知できる能力が備わっている。顔色といっても、それは色の違いではなく実は光の反射率の違いだけだということがスペクトル分析でわかっている。簡単に言えば肌は白くも黒くもなく、色は同じで明るさの違いだけということなんだよ。
言葉の力
言葉を操るあなたは、多彩な自然を切り取って同じにしてしまう魔法を使うことができる。よく出す例としてりんごといえば、どこにもない、でも誰が見ても明らかにりんごであるそれを想起することができるね。絵が上手な人であればまるで本物のように実物のりんごを見なくても描くことができる。そしてどこにも存在しない架空のりんごの絵をみて、あなたは間違いなくそれが実際のりんごとして認識できるわけだ。どこのりんごか、そもそもそんなりんごの種類があるかどうかは知らないけれど、誰もがみんな知っているりんごをこの世に生み出したというわけだね。言葉のパワーの一部をここから垣間見ることができる。事実に沿って言葉を操っているつもりであっても、実は言葉はかけがえのない多くの多種多彩な存在を一瞬にしておなじものとしてひとくくりにできる凄まじいパワーを持っているんだよ。他人をバカにするという「バカ」はこの世にどこにもないんだけれど、それを聞いた瞬間、聞いてしまった人の分だけバラバラな「バカ」を生み出すことになるね。何気なく使っている「言葉」にはそんな威力があるから、できれば慎重に使うに越したことがないと思うよ。
端っこと端っこ
どこにもないものを、誰もがわかるようにひとまとめにできる。これがあなたの特殊な能力。だからこうやって「あなた」と呼んでいてもその瞬間「あなた」と感じる人が読み手の数だけ生まれるわけだし、誰も読まなくても「あなた」という言葉はそれだけでそこにあって明確なあなたはどこにもいないね。そして言葉にするということは、対立概念を想定することであり、明るいといえば暗いがないとダメなのは先の通り。さらにその端っこと端っこはどうなるかということも同時に定義されているね。明るさや暗さを表す単位があるように、暗さの端っこは真っ暗だとして、明るさの端っこは言葉でなんていうのかな。眩しいかな。その中間はどんなふうに表現できるかな。普段何気なく使っている言葉は話ができれば問題ないと思っている。けれどもあなたの思いを言葉にした瞬間に、なんだかよくわからないけれど確実にあなたの世界にそれを生み出すことと同じことになる。すなわち言葉にすればそれが突然出現するということ。さらにあなたの世界や人生と呼ばれるそれは、すべて言葉でできている。言葉の世界は人生そのもの。「どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている」のがあなたというわけだね。