完全なる自由

日々

データを読む

いろいろなデータがグラフや数値で発表されている。それを分析した意見を発しているのがマスメディアで、そのマスメディアが言っていることを基にして行動をしているのがあなただね。そういう構図になっていることをまずは理解しよう。例えば今の流行病に関してほとんど同じような報道が流れている。意味があるのかないのかよくわからないPCR検査の陽性者数を延々読み上げている。前日よりどれくらい、同じ曜日よりどれくらい、前年よりどれくらいと一見もっともらしい統計分析を使っているようで使っていないね。陽性者数は検査をすればするほど多くなるのは当たり前で、それで流行していると決定している。これまで病気が流行っているかどうかをPCR検査で陽性の数を数えて統計にしたことはない。今までやったこともない検査をしているのにも関わらず、それがみんな高熱が出て肺炎になるかもしれない重い風邪の患者のように伝えている。それは真っ赤な嘘を垂れ流しているのと同罪なのに、アナウンサーというサラリーマンのみなさんは険しい顔をして毎日読み上げている。

傾向と対策

明らかにおかしいことは、どんどん変異してきたものに対して、ずっと前に作ったものをブースター摂取とか、またしもこれまで使ってこなかった言葉を使って推奨していることだね。変異したことはわかっているのに、古来の対策でなんとかしようなんて、そんなこと実際の会社でそう上司に報告してみたらいい。おそらくそれが素晴らしいなんていう上司はいないね。顧客にそう言ってみればいい。うちのは新型だから昔の部品もってこられてもつかないよと呆れるだろう。今は対応策がないから、とりあえず槍で空を突けば飛行機の1機ぐらいは落とせるだろうという論理は以前にもあったような気がするね。要するに効果を目的にしたものではないね。気合というか一致団結というか欲しがりません勝つまではという雰囲気の醸成が主な目的だろう。思いやり摂取とか軍国主義も真っ青なことを平気で口にする先生は、実は自分が今何をやっているのかがわからないでいるのだろうね。人類も古来からウィルスや細菌とともに共生してきた生物であって、お腹の中には100兆ほどの細菌とともに生きている。その事実も知らないで洗剤屋が「抗菌」とか喧伝している。生物全体に対する冒涜といっても差し支えないね。

リバタリアン

ワクチンの摂取は任意であって義務ではない。しかしながら同調圧力によって、もしくは小学校で先生が言う思いやり摂取とかという独裁思想によって、なんと8割の人がそれに応じた。そのことを良いとか悪いとか言うつもりは微塵もない。完全なる自由を担保しようと思えば、当人が打つ、打たないを決めるのも邪魔してはいけないし、強制したり誘導したりもしない。打ちたい人には積極的に予約をとってあげたり、手配するのをいとわない。だからといって自らがどうするかはまったくもって別の話だね。それが完全なる自由なんだよ。それを対立構造にして、打つ派と打たない派だとか、科学的論拠派と陰謀論派とかですぐにわかりやすい二元論に分けて報じるのが間違っている。自らがどうするかも自らでよく考えて決めたものを辞めろという権利はだれにもない。あるいはこれまできちんと摂取してきたけれど、少し時間が経っていろんな報告や論文が出てきたものを再検討した結果、3回目はメリットが少なそうだからやめる人を裏切り者呼ばわりにする連中はバカだね。すべてはデータ分析で決めるのが科学であり、その科学の最先端医療がいまのワクチンなんだからね。思想をどっちかに揃えようとしている流れを感じるのがちょっと懸念を抱いているよ。