AIに負けるな

日々

問いと迷い

何をどうしたらいいのか迷ったとき、あなたは何をしているだろう。一生懸命インターネットで検索して調べたり、詳しい人に話を聞いてみたり、信頼できる友人からアドバイスをもらったり、中には占い師にどうすべきかを占ってみたりする人もいるかな。とにかく一人では解決できないと感じたときに一番最初に何をするかが随分と違うことに気がつくかな。すぐには解決しそうにない問題に対して普段どう向かいあっているかがこれでとてもよくわかるね。そしてそれがあなたの人生観を決めているとも言えるんだよ。

意見と正解

今までずいぶんとそんな困難な問題をクリアしてきただろう。そこで振り返って見てほしいのはそれらは自分なりに考えた自らの方法だったのはいくつぐらいだろうか。たまたまその時は知らなかったけれど、ちょっと調べたり詳しい人に聞いたらすぐに解決策が見つかったようなケースは迷ってはいないね。答えがある問題集の解答例をなくしたのと同じだから、予め正解が決まっているようなものだから。そうではなくドリルにも過去問題集にも載っていない答えのない問いに対してどれほど決断したかを数えてみてほしい。小さい頃から先生が答えを隠し持っていて、それを試されるように問題集を解く訓練をやりすぎたせいで、問いに対しては必ず正解があると信じこんでしまっているね。社会に出て答えがない問題という言葉は知っているけれど、そうは言ってもベストはないけれどより良い正解に近い答えがどこかにあるんじゃないかという反応しかできない。そうなると自分なりに考え抜いた意見というものを主張することができないどころか、それが間違っていたらどうしよう、という感情が先にくるのでやっぱりよりよい正解を求めてしまう癖がついている。

人類のロボット化

音声で答えるAIが今その状態だね。ちょっと複雑な質問を意地悪でしてみると「わかりません、お役に立てそうにありません」という設定された定型句を返すようにプログラムされている。今のAIは正解がデータベースを探しても見つからない場合は、個人的にどう思うかは答えられない。いずれ進化してできるようになるかもしれないが、文脈を読んで類推することができない。したがって正解のある問題に関してはずば抜けた記憶を持っているけれど、今後人類はいかに生きていけばいいのか、という問いに関する自らの考察はできない。気がついたらあなたもそれと同じになっていないかな。やたら情報を検索する能力ばかり発達しているけれど、それらを総合的に俯瞰してあなた独自に意見まで昇華できているかどうかは、たまにチェックした方がいいよ。