幻の言葉
即行動
何かを変えるためには思考ではなく行動だから、あれこれ考える暇があったら即決断、即行動しなさいと言われる。確かに戦略ばかり練ったところで、それをどうやって実現するかというアクションプランに分解しなければならない。そうしないと、具体的にいつ、誰が、どのような行動を取るという段取りがないとそこから1ミリも動けないからだね。素晴らしい戦略があって素晴らしい部隊が控えているというのに、その具体的な命令がなければ何も変わらない状態だね。あなたの部隊はずっとあなたの指示を待ち続けて静止している。だから戦略を練るよりも実際に小さな作戦を実施してそのフィードバックで戦略を組み立てるという、論理的な流れの逆を行くことが多いわけだ。
無計画
無計画とは走りながら今日はどこへ行こうかと考えるようなものだね。まずその旅行によって何が目的なのか、何を達成するのかという大きなテーマを決めて、そのためにはどこへどう行くのか、行った先の目的地はどこなのか、その移動距離から移動時間を考慮して行程と日程をうんうんうなりながらシミュレーションしながら詰めていく。事前準備が成否を握っているのでそれは必須でありとても重要なことだと思いこんでいる。それがないと実際に勢いで行っても目的は未達成になるだけだろう。でもその目的は達成しなければならないという考えも、そう教わって疑わなかった思い込みに過ぎないとしたらどうだろうか。いちいち行動するのに行動計画や目的を設定しないといけないとすれば普段の行動も寄り道も無意味な散歩も誰かの買い物に付き合うこともすべては時間のムダのよう感じてしまうだろう。合理的な人生は生まれて死ぬまで一直線だということ。その究極のムダの排除はそもそも生まれなければいいという目的地に近づいてしまうから注意しよう。本当はムダは愛すべき友人であり、ちょっと逆説的に言えばそれを楽しむことこそが一番の目的とも言えるね。
幻の論理化
目標に向かって計画的に生きよと言われ続けているね。人生設計が押し付けられて、老後のための準備をしろと言われ、預金や投資も今のうちにと脅され続けている。お手本のレールの上から落ちこぼれると途端に生きづらさを感じるように仕向けられ、ついには生きることそのものが嫌になるように洗脳されている。それはなぜか、その人生のレールとやらが、先に行った戦略であり戦術であるとされているからだね。30歳までには家庭を持ち、子どもを育て家を立てて車も買わなければレベルクリアにならないとなんとなく思い込まされるような仕組みにあふれている。結婚や家庭が幸せの象徴であり、一人さまようスナフキンは孤独と寂しさの象徴だね。最近ではジェンダーバイアスが問題になり始めているけれども、わかめちゃんがITエンジニアを目指すとか言うと少なからず視聴者層はびっくりするだろう。サザエさんが起業をするから家事はマスオさんがやっているとかね。そもそも幸せは家庭の中だけにあるわけではないし、もっというと幸せなんていう戦術もあなたを惑わすための幻だとしたら、明日からあなたは何を目的に生きるかな。いやいやそもそも生きているのに目的なんてどこにもない。それも幻だよ。