あなたを照らす光

日々

目覚め

朝、まだ眠いのに目覚めるね。でも状況が許せば二度寝したい。二度寝は気持ちいいね。そこには真の開放感がある。目覚ましの前にいつも目覚めるあなたはそれが自然だね。目覚ましの音というあなた以外のなにかに頼らなくてもあなたの意識は覚醒できるからだね。あなたがあなたとして機能するためにはあなた以外の何かをあなたの意識が作り出さないと成立しない。ちょっと抽象的な語句がわちゃわちゃしていて何言っているのかよくわからない文章になってしまう。寝ているときは意識はないね。夢は見ているかもしれないけれども明確にあなたの意識は活動を休んでいる。そのときは物理的なあなたはそこで寝ているけれども、あなたという自覚という意識レベルはとても低いというわけだ。あなたはいるけれど、あなたはいない、みたいな言い方になってしまうけれどもそういうことだね。そして「あなた」という定義は「あなた以外のもの」がないと成立しない。だから「あなた」が「あなた」として目覚めた瞬間に「目覚ましの音」という「あなた以外のもの」を「あなた」が生み出しているというわけだよ。ややこしいね。

活動

眠い目をこすりながらも、意識が多少まだしっかりとしないまでも、目覚めた「あなた」は活動を始める。朝起きて最初に何をしているだろう。コップいっぱいの水を飲むためにキッチンに向かうかな。それとも、トイレに向かってそのまま洗面台の前で歯を磨くだろうか。いずれにせよそれらの一連の動作は「半自動」でもできるたぐいのものが多いね。さて、いつもの「あなた」はどの段階で「生まれている」だろうか。エンジンでいえば、暖機運転が終わって本格的に動き出すのはしばらく時間が必要だし、パソコンでもスマホでも一旦電源を落としてから起動するまでにはしばらく時間がかかるね。そうやって何かが立ち上がるときには必ず起動プロセスが必要になっている。そしてそれは必ず時系列で動くようにできていて、その瞬間に「現在・過去・未来」という時間が動き出すわけだね。寝ているときは時間は止まっていたというのにね。どうやら覚醒して活動するということはこの時間軸の流れを生み出すことになるみたい。

空白

寝ていたことをあなたが認識するためには必ず「覚醒」して「活動」しなければならないみたいね。昨夜はとっても疲れてしまって、もう何もする気も起こらずベッドに横たわった瞬間寝てしまったよ、なんていうセリフはあなたが目覚めないとあなた以外のなにかに語ることはできない。逆に言えば目覚めたからこそ、あなたの意識がなかった部分をそこで補完しているわけだね。その空白の時間は必ず目覚めたあなたでしかできないことに気がつくかな。仮にそのまま疲れて寝てしまったままになると、昨夜はとても疲れてしまってね、なんていう新しいシナリオを演じることは永遠にできない。なんとなく切なく感じてしまうかもしれないけれども逆に言えば、ずっと夢の中であなたは活動しているのであれば、目覚めないままそんな人生物語を体験しているだけかもしれないね。そんなことを考えてたら今夜もとっても眠くなってきた。おやすみなさい。