全部抱きしめて
あの頃
やりかけてた夢がある。あなたはそれに憧れて毎日毎日ひたすらにかき鳴らしていたね。音楽なのか歌なのかよくわからない曲を奏でて、心からあふれるその魂を焦がして声を張り上げていた。来る日も来る日も何も変わらず過ぎ去って行く毎日を見て、たぶんあなたは気がついていた。あっという間にそうやって何も残せずこの世を去っていくことをね。だから少しでも時代に傷跡をつけたくて、そうやってジタバタしていたわけだ。ところがそれからあっという間に数十年の時が経ち、いまこうしてあなたは過ごしている。あの頃の自分がそら見たことかとせせら笑っている。そんな思いの欠片があなたの手元にたくさん残っている。それらは時代を傷つけることはできないまま、でもずっとそうなることを待ち続けている。今のあなたはそれらをもう一度手にして、いつかの少年の時のように再び奏でてみる。そのときにハッと気がつくね。ああ、ずっとそうなることを待ち続けて今がある。そして今は輝いているかとあの頃のあなたから突きつけられている。なるほどそういう伏線だったのかと一人悦に入る。
約束された再会
何も知らないままこれまで生きてきた。それこそ恥の多い人生だった。それらがすべて無意味に思い有意義なことを探し始めて今に至る。損することよりも少しでも得に、攻撃されるぐらいだったら平気で嘘をつき、バカにされないように意味のない虚勢を張り、つまらないプライドばかりが肥大化する。それが社会人としての素養であり大人になることだと思いこんでいた。そこに若かりしあなたが仕掛けたトラップが転がっているのを偶然見つけるわけだ。ああ、懐かしい、こんなこともあったのかと手にしたときに、数十年の時を越えてあの頃のあなたとひとつになるわけだ。あのときの中途半端に終わったその断片を改めて拾い上げた時、すべての答えにようやく気づいた。なるほど長い小説の一旦の伏線はここで回収されるようになっていた。そうして再び静かな情熱が蘇る。
再燃
さて、かつてのあなたから今のあなたへメッセージがある。おいおまえ、今幸せなのか。嘘のない人生を送っているのか。見栄ばかりきにしていないか。やりたいことにがむしゃらになっているか。などなど色々と耳が痛い言葉がそこには散りばめられている。そしてあなたはそれを生み出した若くて尖っていたあなたのことも知っているね。そうやって言いながらも、本当は臆病だし、勇気もなく、人前では何も言えなくて泣き出すような意気地なしだった。だからこそ、そんな自分の殻を破りたくてただひたすらにまだ見ぬあなたへ歌っていたわけだ。そのときの少年の夢はそうでなくっている今のあなたそのものだったわけだ。だから今こそあなたはかつてのあなたをしっかりと抱きしめられる。いや、今だからこそようやくあなたはそれができる時期にきたってわけだ。あなたがそんな気持ちになるようにあなた自身がそれを仕込んでおいたわけだ。まるですべて見通せるが如くね。