中間発表
たまたま
道を歩いていたら偶然に昔の同僚と出会った。お互い仕事中なので短い挨拶を交わしたぐらいですぐにそれぞれの道に戻る。その後、こんな偶然もあるもんだと驚きを感じつついつのまにかまたその思い出も遠くなっていく。人生はよく考えてみればこれと似たようなことの繰り返しでできているね。なぜそれはそうなったのか、なぜ彼はそこにいたのか、すべては偶然でありよく考えてみれば紛れもなく奇跡だね。でもそのときは目の前で起こっていることは当然のようにしか見えない。ああ、どうもお久しぶりです、なんて垢抜けない顔であなたはもぞもぞ挨拶を交わしている。本当のことを言えば少し心は小躍りしているけれども、一方でまぁそういうこともよくあるよな、と思っている。あとになってふと思い出して、あのときのあれはまさに今よく考えてみれば奇跡だったと気づくわけだ。
今
ということをよくよく考えてみれば、今この瞬間はそれらの奇跡が生み出している。なにか一つでも足りなかったり、多かったりすれば今はどうなっていたのかも想像ができない。それらの積み重ねであなたが出来上がり、今こうして生きている。いつもはそれをつまらないと思い、思っていたよりもはるかに違う我が人生を振り返っては後悔を重ねている。しかし事実は、それらすべてがたまたまそうなって今が出来上がり、それに対して不満を言える状況にいることそのものがまるごとの奇跡であって、ほんとうの意味でそれに気づくときはおそらく生きることが終わる寸前なんだろうね。なら相変わらずグチグチ言って、遠回りのくそったれの人生を愛でていてもいいかもしれない。それがあなたにだけ許された最高のエンタメでもあるんだものね。
自己採点
だからわかったふうに今この瞬間にテストの答え合わせをするように採点しないでいいわけだ。まだテスト時間は終わっていないからね。途中経過で採点したところで思っていたよりも出来ているか、いないかの2択でしかない。それがすべてを決定するかのごとく誤解してしまうけれども、まだ時間切れではないしこの先どんな問題があるのかも全くわからない。でもこれまでの手応えを鑑みるに、終了間際におおよそのことがわかるのだろうね。ということはまだ焦る必要も諦める必要もない。そんなときはどうしよう。まずは目の前で展開され試される様々な設問を楽しみながら解いていくのがいいね。どうせ終わりの頃には結果がわかるとすれば、わからないこの瞬間はまさに奇跡の時間なんだしね。まぁ、そうやって先の結果のことばかり考えても仕方がないね。だからこの瞬間目の前の出来事に対して順番に手を動かして対処していくしかないし、それしかできないなら楽しんでやればいいってことだよ。