いつも足りない
こんなチャンス二度とない
二度とない幸運が舞い降りる。ラッキー、幸せ。そう思う根本にはラッキーが「有り余っている」という概念はなく、常に足りない「ラッキー」を奪い合うほどの貴重なものと思っているから。世界は足りないものだらけ。あまねく人に行き渡るような富も財産もない。だから奪い合う。そんな風にいつのまにか思わされている。競争だ、戦争だ、侵略だととにかく勝つ。ほら、自然界だって弱肉強食。強いものが王者になれる。強さで幸せが決まる世界だと。果たして本当にそうなの?自然界の動物は食べる食べられるの世界だけど、選り好みができないよね。たまたま目の前の餌を食べる。ただそれだけの世界を弱肉強食っていうのは人間だけじゃないのかな。
すべてが足りないの
特に根拠があるわけでもないし、とても困って仕方がないわけでもないのに、あらゆるものに対して足りない毎日。思慮が足りない。刺激が足りない。予算も足りない。経験も足りない。スキルも足りない。知名度も足りない。あれもこれも足りないと愚痴をこぼしている。そうして満たされたらどんなに素敵な世界になるかを夢見ている。満たされたる毎日を皆が目指している。足りない、足りない、まだまだ、ここで自惚れないって自問自答しながら。
満たされない思いは自作自演
いつも満たされない日常。もうこれで十分なんて感じないのはどうしてだろうか。いや、全然足りないわけじゃなくて、実のところ全部が「ちょっと」足りないんだよ。なぜか「ちょっと」足りない。十分ではない。なんかうまくいかないねぇ。目の前に見えていて「ちょっと」手を伸ばせば届きそうだけれど、届きそうで届かないの。神様は意地悪だねぇ。それが話のネタになって毎日が過ぎていく。鉄板ネタだよね。もはや。
足りないと感じるのは
足りないってどこまでいっても足りることがない言葉だよね。だって足りないっていうのは足りているという状態を仮定しているようで、実はここまでくれば足りているという境界線を消している。見えなくしている状態だもの。他の人から見れば、十分Fullっていうゲージまで満杯なのに、足りないと言っている人にはそのFullの線がない。もっともっと上のところにあると思ってる。でも実際にはその線は描かれていないんだけど。だから周りからしたらキリがない。キリがない欲望の話なんでまともには聞いちゃいられない。だって実は足りているから、足りない足りないなんて不平不満を言って人生を遊んでいるだけなんじゃないの?
ここにいるだけで、生き残ってああでもないこうでもないと愚痴を言えるのって、この上のないラッキーチャンスを掴んでいる。
だって、マジで足りない人は、今ここにはいないんだし。