人生の棚卸し

日々

引き算

今は何でもあるし、ちょっと頑張れば手に届くものが多いし、どうしても足りない隙間を埋めるためにどちらかというと足し算が素敵なことと認識されがちな時代になっている。そのせいでいつもなんとなくなにか足りないから十分に幸せではないのではないかという疑念が常に頭の中をぐるぐる回り続けている。あれが手に入ればもっと楽しく過ごせるのではないかな、とか、もっと自由に生きるためには資金が十分ではないのではないか、とかいつも「足りない」感がずっとあなたを悩ませている。そのせいか、今あなたはすでに十分であることなんてこれっぽっちも気が付かない。だから流行りのなにかにいつもアンテナをたてていて、それに乗り遅れることが一番の失策と思い込んでいる。

洗い出し

そんななんとなくの不安を掻き立てるのが現代のマーケティングという宣伝手法だね。多くの人がまんまとそれに騙されることで経済発展という全体では良い方向に向かうことができると信じている。シンプルに言い換えれば、人生において全く必要のないムダをみんなで消費することで、より幸せになれる人のパイを大きくすることができるという理論だね。そういう意味ではいまだ食べることさえままならない地域を除く先進国と呼ばれる国は必要以上に豊かさにあふれているということになる。これは最近では格差問題として取り上げているね。逆に言えばその余剰の部分をうまく配分することができれば、理想的には地球に暮らす人々がほとんど豊かに暮らすことができるというわけだ。それがうまくいっているいわゆる強者な国が掲げる経済政策であり、SDGsであり、グローバル・マーケットの豊かさの再分配機能となってなんとなく正当化されている。

競争社会

全体を底上げすることで、貧富の差を上手な再分配政策によってより大きな豊かさを沢山の人が結果的に享受できると言う。だからといって、何のインセンティブもなしにそれぞれが頑張れるかと言うと、ライバルよりちょっと豊かになるという競争をしないとうまく機能しないというのが現代の定説となっている。そのことによって多少の奪い合いや一人勝ちというほんの僅かな闇の部分が出てしまうこともわかっている。でもそのデメリットよりも結果的にその生き残り競争による経済的発展が人類にとってはプラスに作用するということでなんとなく合意が得られている感じだね。もちろんそれが完璧なシステムだとは誰しも肯定しているわけではないけれども、それ以外のなにか代替方法があるのかというと今のところ見つからないから、とりあえずの正解としましょうとなっている。あなたはそのシステムにうまく乗れているか、そうでないかはあなたがきちんと判断する必要があり、それも自己責任みたいだ。はてさてどっちだろう。なんとなく足りない不安を解消するために、お財布の中ばかりチェックするだけでなく、身体や心の資産も含めて棚卸ししてみるといいかもしれないね。