すでに揃っている
こだわり
あなたを最も苦しめることの一つとして、あなたなりのこだわりがある。こだわりというか生き様というか、そういった言葉であなた自身を騙している。逆に言えば思考停止というか固執と言うか、まったくもって自由な発想を阻む悪魔の存在だね。こうありたい、こうあるべきなのに、という考えからずっと脱却できずに狭い世界に閉じ込められてしまっているわけだよ。人生なるようになるとか、風に吹かれてとか、ありのままにとか、そんな言葉があなたの心の琴線に触れる一方で、だからこそ理想や夢を諦めてはいけないという結論にこじつけてしまう。生きる価値とか生きる意味にとらわれてしまっている証拠でもあるね。そうではなく、何が起こっても、何を得て何を失ったとしても、流れに身を任せて生きるとはそんなことではない。あなたは今狭くて古ぼけた部屋にいるかもしれないけれども、部屋にいるし、服も気に入らないボロ着かもしれないけれどもちゃんと着ている。出かけるための靴も安物だけれども、ちゃんとあなたの足を守ってくれているはずだ。
足るを知る
別にそれだから満足しなければならないとか、思い上がるのもいいかげんにしろとか、身の丈を知れとか言っているわけではない。ただ、何も持たないし不足や不満ばかりだと思いこみ過ぎるのも良くないと言っているだけだよ。何をどう捉えるかというのは、あなたが決めているのは間違いないね。あなたはそんな暮らしで満足するようなレベルではないと思っている。でもあなたの理想はかなり高いのでなかなかそれが叶わない。そのために必要なものが不足しているどころか、ゼロに近いと判断している。だからこそ、あなたはあなたを苦しめるわけだ。そんな暮らしに嫌気がさして、SNSでキラキラした写真を撮ろうと頑張っている。それでなんとかあなたの自尊心をなんとか維持しようと頑張っている。でも頑張れば頑張るほどあなたが羨む写真ばかりが永遠に流れてくる。それでさらに追い込まれてしまっているのなら、そんな架空の写真から離れるだけでいい。本当にそれで楽しめるようになればまた自然とそうなっているのだからね。
いるときにある
そんな視点からも物事を見ることができるようになるためには、今持っているものは、あなたのもとにどうやってたどり着いたのかを振り返ってみるのも一つの手だね。あなたとずっと一緒に暮らしてくれている人や、ペットや、友人や知り合いがいるかもしれない。ちょっとおせっかいな隣人もいるかもしれない。愛想笑いかもしれないけれども、いつも微笑みかけてくれる店員さんもいるかもしれない。逆にいつも無愛想で挨拶しても返してくれない同僚もいるかもしれない。それらはすべて今のあなたが一番必要だからそうなっていて、今のあなたを生み出してくれているわけだ。となると、本当に必要ななにかは、あなたが望むとか望まないに関係なくきちんとそこにある。仮にあなたが今一番欲しいと思っているものが手に入らないとしても、それが本当に必要になればあなたが気が付かないうちにきちんと手に入るようになっているわけだ。だから欲しいとか足りないとか言うのを楽しめば人生の張り合いに変わるわけだ。でも苦しみに変えすぎるのは刺激が強すぎるから注意しよう。