再挑戦

日々

嫌い

一度嫌いになったり苦手だと思ってしまうと、なかなかそれを好きに変えることは難しいね。だから嫌いなことを無理に好きになれと言っても何も起こらないから、言われるだけ不快に思ってしまうのでやめたほうがいい。でも、その嫌いをちょっと分析してみるのはオススメしておくよ。それが少しできるようになると人生が一変する可能性が高くなること間違いないからね。現代では不得意を得意にするような旧来の教育法が否定されて、どちらかというと得意なことをどんどん伸ばしていく方がいいとされている。確かにその通りだと思う。けれども、嫌いの扉が実はほとんどの場合勘違いだとすればどうだろう。もちろんそれよりもすでに開かれている方を磨いていくのが効率が良いのは間違いない。でも、一度ほんの些細なことで閉ざした扉は、ほんの些細なことで開くこともある。そして実はその方が得意だったという発見のきっかけにもなるかもしれない。それだけ未知の可能性を秘めている場合もある。

体験

それはおそらく、学校で算数のテストが思っていた以上に悪かったとか、作文をしようとしても全く書けなくて叱られた思い出だったり、そもそも漢字をきちんと書こうとしても実はうろ覚えでぐちゃぐちゃに書くしかなかったりで苦手になったんだろう。でもよく考えて見ると、それが算数や作文や漢字の本質ではないことに気がつくだろう。別に一文字も書けないことは誰にだってあるわけだし、漢字もずっと勘違いして覚えているのもあるだろうし、算数の分数はいまだによくわからないけれども、幸いにも現実社会で分数が出てくることは殆どないと言っていいね。となると、それ以外の算数ができて、さらに今更分数のテストなんてないんだから、今こそ算数はそこそこできると言ってもいいだろう。さらに数字がきちんと書けなくて計算間違いばかりしていたかもしれないけれども、今は自分で計算するなんてことを推奨する会社は皆無だから、やっぱり今ではもうあなたは算数が得意なんだよ。

再挑戦

今は漢字なんて変換したら自動で出てくるし、変換がおかしいこともあったとしてもほとんどの人が、ああ、よくある変換ミスだとまでわかってくれる。だったら、最初は一行でもいいから今日の感想なんかをキーボードやフリック入力で入れるといいね。というか、すでにSNSでは文章と絵文字を駆使してやりとりをすでにしている。得意不得意関係なく、意思の疎通をするための手段である文章を何ら支障なくやり取りできるのならそれで十分だね。もちろん絵文字やスタンプも多用すればいい。あるものをすべて使ってのコミュニケーションなのだからね。とにかく一度挫折したと思いこんでいる苦手なことを、わざと再挑戦してみるのもいい。もちろん嫌になるまでやっては本末転倒だけれども、実は扉を覆い続けているのは、その体験というヘドロではなくあなた自身だということに気がつけば、一気に世界が広がること間違いなしだよ。