老兵らしく
現役
若い頃は現場でまさに実践をしていたけれど、古い組織の仕組みとしては現役を退いて後進の育成という立場になることが多いね。それであなたは一所懸命にかつて実践から得た知恵のすべてを若い後輩へと伝えようとする。それをやっているうちに、いつの間にか気がつけば時代が変わりもはや旧式となってしまっている。老害だとかそれまで聞いたことがない言葉で揶揄されるようになって、初めてあなたはびっくりするわけだ。なぜならあなたは良かれと思ってそれこそ真面目に取り組んできたつもりなのに、いつのまにかお払い箱だと噂が流れるようになる。そしてこれまでのプライドが大きく毀損されてやり場のない怒りをひたすら抑えるしかないね。かつてはそんなことは少なかった。なぜならゆったりとした社会の変化しかなかったからだ。ところが今では目まぐるしく変化して、ほんの数年前に流行ったことがどんどん廃れて、もはや追いつこうにもスピードが早くて諦めざるを得ないね。
柔軟
多少年老いたとしても、気持ちの上ではまだまだかつての現役時代と大差がないと思い込んでいる。それは、気持ち上では確かに変化がないから仕方がない。誰だって初心者であって、右も左も分からない頃が確実にあったのは事実だ。そこで実践して失敗して挫折して今のあなたがある。それなのにもはやあなたが苦労して獲得したノウハウは役に立たないと烙印を押されてしまう。たまったものではないね。いつの時代も共通するコアな部分が必ずあると信じているし、自らの体験を振り返ってみてもかつての怖かった先輩のアドバイスが、今となってはより一層重みがあることにようやく気が付き始めて、腑に落ちているわけだからね。あなたも若かりし頃はうざったく思っていたそれらは、今ではキラキラとした宝物になっている。だからこそ、それをあなたは気がつかなくて遠回りした分を、現代の若者には同じ鉄を踏まないようになんとか伝えようとあなたなりに精一杯やってきたんだよね。
全力
一方で、やっぱり肉体的、体力的には衰えてきていることも十分に自覚しているね。あの頃のようにそう無理はできない。仮にそうしてしまうと、翌日以降どうにもこうにも使い物になるまでの回復時間が長い。あなたもかつて同じように思っていたように、おそらくがむしゃらにやっているような感じには誰の目にも見えないだろう。それが悔しくて年の割にはお若いですね、という言葉を期待して無理してしまうことも未だ多々あるかもしれない。がむしゃらに後先考えずにやれることが若い人の特権でもある。でもどうだい、現代の若者はなりふり構わず取り組むなんてダサいとかハラスメントだとかコンプラだとか言って、あなたの目にはどうにもこうにも手応えがあるやつなんてそう見つからない気がしているね。そうしてあなたはどんどん頑なになってしまう。でも心配ないよ。それでいいんだ。もしかつての先輩に話が聞けるのなら全く同じ道を辿っていると教えてくれるはずだから。ギャップがあるのが自然なんだし、変に気に入られようなんて思わなくてもいい。その方が実はうまく行ったりするものだから不思議だね。