烏合の衆

日々

集う

人は何かことあるたびに集まる動物だね。お祝い事やパーティーもそうだし、その逆の悲しいことやお別れのときでも皆で集まって感情を共有する。なんてことのないいつもの習慣だけれども、よく考えてみれば不思議なことだ。ましてや人間関係に悩むことが多い現代人にとって見れば、集えば集うほど面倒事が多くなる。それでも多くの人は集まることを切望してやまない。今度の流行病で特にそれに気づいた人も多かったのでないかな。いつもぼっちでインドアで過ごす人にとってはどうってことのないことだったかもしれない。でもイツメンでずっと過ごしてきた人にとっては、ぱっと会えないことはとても苦しかっただろう。ましてや愛する家族との惜別でさえ、距離をおいたり付き添えなかったりなんて、生まれてこの方考えたことすらなかったね。そう考えるとここ数年は人類史始まって以来の異常事態だったとも言えるかもしれない。

分断

現代社会では一人ぼっちで過ごすことがいとも簡単にできるようになった。人との交わりが苦手でそのほうが楽な人も多くいるだろうね。他人を遠ざけることで気ままなあなたの時間が確保できるし、やりたいように過ごせることにこの上ない喜びを感じることができるだろう。そうやって孤独と引き換えに安寧と自由を手に入れている。でもよく考えてみればそれを支えているのが便利な文明だということに気づくだろうか。誰とも会ってないつもりだろうけれども、そういう孤独な暮らしは実はあなたが知らない多くの人で支えられている。24時間開いているコンビニがあり、自動販売機があり、スーパーもある。ウーバーイーツで食べたいものを注文すればそれをあなたの家の玄関までそっと配達してくれる人がいる。さらにはネットで知らない誰かといつもつながっていられるし、好きなアニメも映画もゲームも途切れることなく楽しめる。それを支えるインフラ設備やネットワークを動かすために夜通し見張ってくれている人がいる。

おひとりさま

そう、おひとりさまと昨今話題に上ることも多い社会問題は、実は多くの下支えがあってのことだ。否が応でも協力して食べるための作物を得るために田畑を耕すとか、水を汲みに行くとか、燃料の薪を拾い集めるとかの代わりをしてくれる仕組みがそこにあるからこその問題でもある。一人で生きている風に振る舞えるのは、実はとても豊かなことであって、現代はそれを目指した結果とも言えるね。生きるために必要な労働は簡略され、生命維持のためのサービスや人生を楽しむための娯楽といったものの、その裏側はたくさんの人々の労働の集約のおかげで支えられている。だからこそ孤独を愛し、一人ぼっちで楽しめる時代となった。だから今更その弊害を盛んに取り上げたとしても何も変わらないどころか、今後もどんどん加速していくことは間違いない。もはや一人でいられない社会に戻ることはできないところまで来ているのかもしれないね。