いつかの彼

日々

昔話

その当時は最悪な気分で毎日を送っていた。この呪われた現実からなんとかして脱出する方法はないかと、それこそろくに安眠できない日々を送っていたね。もう人生の意味も見失って、生まれてきたことをずっと後悔していたような体験がそこに繰り広げられていた。ところが気がついたらそれはすでに過去になって、あれからどれほど経っただろうと思い出す日々にいつの間にか変わっている。もうそろそろ記憶も曖昧になって、思い出すこともたまにしかなくなっていた。そして偶然その当時に関わり合っていた仲間とばったり再会した。お互いの現状を報告し合うとともに、やっぱりあの当時のことをぽつりぽつりと思い出しながら会話を楽しんでいる。そのうちにフラッシュバックするかのように当時の陰鬱な出来事が蘇るんだけれども、なぜか今はなぜかそれが愛しくてあっという間に時間が過ぎていく。

走馬灯

あれこれと苦楽をともにした旧友と思い出話に花を咲かせる。そのときにふと、もしかしてあの頃の最悪だと思っていたそれらは、偶然の再会で懐かしく、愛おしく語り合うために仕込まれた伏線ではないかと思うようになる。まさか当時のあなたは、その後に随分時間が経ってから、またそれを共有できる仲間とあれこれと語り合うなんて夢にも思っていなかったからね。ついさっきまでできれば思い出したくもなく、記憶の奥底にできればずっとしまっていたかったわけだし、それが証拠にすっかり忘れ去っていたことでもある。なのに、今こうしてそれらが鮮明に蘇っている。もちろんすべてがそうではないけれども、特に一番嫌だったことが鮮やかに、手に取れるようにはっきりくっきりとした映像でフラッシュバックしている。

この世は夢

夢でもこんなにはっきりとした映像として思い出せることも稀だね。ところがお互い年老いた旧友の顔から、なぜか若かりし頃の顔としてはっきりと認識している。もはやタイムスリップして当時に戻ったかのごとくね。そのうちに、あなたは今がいつなのかもよくわからなくなってくる。確かに思い出話に花を咲かせて、一夜で語り尽くせないほどの思いが溢れるように湧き上がっている。これは本当に思い出話しなのか、それとも実はあなたが過去だと思いこんでいるだけで、今もその真っ只中にいるのかもしれないなんて、少し混乱してしまうぐらいだ。それで目の前の旧友を再度よく見るんだけれども、たしかにそれなりに老いていることで安心するわけだ。でも、お互いが語り合うそれらは、はっきりとその当時のまま寸分違わずのものだね。それを語っている友の顔は、あなたの中ではいつかの彼のままだね。ああ、もしかしてこの瞬間を感じることがあなたの人生そのものの目的だったんだ。だからなぜかすべてが愛おしく見えるわけだね。